2005年07月
2005年07月21日
祖母とピンポン球
小学生時代の夏休みの想い出を書いていたら、ふと今は亡き祖母とのことを思い出した。
小さかった頃、僕はよく祖母にお風呂を入れさせてもらっていた。祖母が体を洗っている間、僕は暇で、湯船の縁に座って待っていた。
足をブラブラさせて遊んでいたら、そのまま後ろにひっくり返り、頭から湯船にドボンと落ちてしまい、びっくりして足をバタつかせてしまったことがある。
多分、祖母が足を引っ張りあげたんだろうが、僕は驚きのあまり泣きもせず、口をあんぐりと開けていたらしい。浴槽は木でできていて子供の体にしてみると深さのある風呂だった。
これは自分でも記憶にあるのだが、それ以来しばらくは水嫌い(風呂嫌い?)のようであった。
また、一番印象にあるのは・・・。
従兄弟が作った目玉で祖母を驚かせたことがある。
ピンポン球を半分に切って中央に黒マジックで丸く塗りつぶし(そこに小さく穴を開けるのだが)、それを目に当てると目玉が飛び出したようになるでしょ。西川きよしさんのように・・・(失礼)
で、それを持って祖母と墓参りに行ったのね。その帰り道、子供たちだけ先に走って帰ってきて、家の横の土手に隠れていたわけ。
祖母がその土手の脇を通ったときに、
「わぁぁぁぁ。」
って、みんなで驚かせたら、祖母は腰を抜かしてヘナヘナと倒れてしまったのだ。
このとき、みんなは、
「やめようよ。」
「やったらだめだよ。」
と反対をしたらしいのだが、いたずらっ子の僕は行動を起こしたのだ。
この間のブログで、同じような写真を撮って掲載したときには、子犬が何かを探しているのかなって思ったんだけどね、反対側から見たら、どうも子犬はチョークを持って地面に何かを書こうとしているオブジェだということが判明した。
しかも左利きである。
大した発見ではないのだが、しっかり見ないとわからない場合もあるね。
その2年後、僕が小学4年生のときに祖母は亡くなった。11月の寒い朝だった。
今でも親族が集まると、
「おばあちゃんは、あのときの目玉で心臓が悪くなって、死んだんだ。」
って僕をいぢめる(笑)。
もう、みんないい年齢なのに・・・今でもその話題になるぐらい、孫たちにとって祖母はやさしい女性だった。
僕は今でもピンポン球を見るたびに、
「これを半分に切るのはやめよう。」
と思う。
小さかった頃、僕はよく祖母にお風呂を入れさせてもらっていた。祖母が体を洗っている間、僕は暇で、湯船の縁に座って待っていた。
足をブラブラさせて遊んでいたら、そのまま後ろにひっくり返り、頭から湯船にドボンと落ちてしまい、びっくりして足をバタつかせてしまったことがある。
多分、祖母が足を引っ張りあげたんだろうが、僕は驚きのあまり泣きもせず、口をあんぐりと開けていたらしい。浴槽は木でできていて子供の体にしてみると深さのある風呂だった。
これは自分でも記憶にあるのだが、それ以来しばらくは水嫌い(風呂嫌い?)のようであった。
また、一番印象にあるのは・・・。
従兄弟が作った目玉で祖母を驚かせたことがある。
ピンポン球を半分に切って中央に黒マジックで丸く塗りつぶし(そこに小さく穴を開けるのだが)、それを目に当てると目玉が飛び出したようになるでしょ。西川きよしさんのように・・・(失礼)
で、それを持って祖母と墓参りに行ったのね。その帰り道、子供たちだけ先に走って帰ってきて、家の横の土手に隠れていたわけ。
祖母がその土手の脇を通ったときに、
「わぁぁぁぁ。」
って、みんなで驚かせたら、祖母は腰を抜かしてヘナヘナと倒れてしまったのだ。
このとき、みんなは、
「やめようよ。」
「やったらだめだよ。」
と反対をしたらしいのだが、いたずらっ子の僕は行動を起こしたのだ。
【駅前のオブジェ】
この間のブログで、同じような写真を撮って掲載したときには、子犬が何かを探しているのかなって思ったんだけどね、反対側から見たら、どうも子犬はチョークを持って地面に何かを書こうとしているオブジェだということが判明した。
しかも左利きである。
大した発見ではないのだが、しっかり見ないとわからない場合もあるね。
その2年後、僕が小学4年生のときに祖母は亡くなった。11月の寒い朝だった。
今でも親族が集まると、
「おばあちゃんは、あのときの目玉で心臓が悪くなって、死んだんだ。」
って僕をいぢめる(笑)。
もう、みんないい年齢なのに・・・今でもその話題になるぐらい、孫たちにとって祖母はやさしい女性だった。
僕は今でもピンポン球を見るたびに、
「これを半分に切るのはやめよう。」
と思う。
2005年07月20日
毎日が冒険だった
今日もさわやかぁぁぁぁぁ~。
こんな夏なら大歓迎
そういえば去年の夏(関東)は、猛暑、猛暑・・・と真夏日の連続日数がすごかったんだよな。たしか40日間も30度以上の日が続いたのである。
あれは本当に参ったね
2リットルのスポーツドリンクを当たり前のように飲んでいたもの。
今、思い出しても、あの暑さをよく乗り越えられたなぁって思うよ。思い出しただけでも寒気(ん~、暑気?)がしてくるよ。
今年の夏は故郷の北海道のように爽やかでありますように・・・。
いよいよ都内の小学生も夏休みが始まった。子供たちに聞いてみると、やはり夏休みにはおじいちゃんやおばあちゃんの家に行くというのが圧倒的に多い。
小学生の頃ってどんなことをしていたのだろうと、ふと考えてみた。
僕の故郷、北海道の小樽市は海と山に囲まれた町であり、自然の多い土地でもある。特に僕の住んでいた町は家を出れば、すぐに海がある。家の裏は山である。子供たちが冒険をするには夏休みでなくても、毎日が冒険の日々だった。
イメージとしてはPS2の『ぼくのなつやすみ2』の環境にものすごく似ている。
小学生の頃の夏休み・・・。
一番印象にあるのは、やっぱりラジオ体操だろうか。毎朝6時半からお寺の境内で始まるラジオ体操・・・。体操が楽しいわけではない。体操が終わった瞬間から、すでにその日の冒険を何にするか、みんなで決めることが楽しいのだ。
海で遊ぶ、山で遊ぶ、空き地で遊ぶ・・・これは日常茶飯事であったのだ。
ハートの形の葉っぱって、その辺にいっぱいあるんだろうけど、いつも葉っぱを眺めるなんてないね。こんな機会でもないかぎり・・・気にも留めないものだ。
僕は夏休みに家族旅行をしたという想い出がほとんどない。親が商売をやっていたこともあり、むしろ家から追い出されていたほうである(笑)。
祖父母は近所に住んでいたから、夏休みに祖父母の家に行くという特別なイベントはなかった(いつでも行けるという意味で)。
それでも滅多に会うことのない従兄弟の家にリュックサックを背負って子供だけでよく行かされたっけ。
札幌や函館などにも従兄弟たちは住んでいたが、一番お世話になったのは留萌(るもい)に住む従兄弟の家だった。
小樽から留萌まで、電車で4~5時間の旅だ。普段電車になど乗らないから、それだけでも充分冒険である。留萌には母親の姉夫婦が住んでいて、そこに滞在をする。
年上の従兄弟たちは、僕らを引っ張り回して(笑)遊んでくれる。もちろん、TVゲームなんてあるわけがないから、いつも海だとか、空き地で遊びを教えてくれるのだ。
子供の視線は大人とは違う。どんなこともすべてが遊びであり、冒険なのである。それらはすべて大きな実体験となり、興味につながる。
小さな頃の体験というのは、大人の感覚では計り知れないものがある。
み~んな、いろんな体験をして大人になっていくのだが、部屋に閉じこもってゲームばかりに興じている夏休みを体験してきた子供たちは、どうなってしまうと思う
こんな夏なら大歓迎
そういえば去年の夏(関東)は、猛暑、猛暑・・・と真夏日の連続日数がすごかったんだよな。たしか40日間も30度以上の日が続いたのである。
あれは本当に参ったね
2リットルのスポーツドリンクを当たり前のように飲んでいたもの。
今、思い出しても、あの暑さをよく乗り越えられたなぁって思うよ。思い出しただけでも寒気(ん~、暑気?)がしてくるよ。
今年の夏は故郷の北海道のように爽やかでありますように・・・。
いよいよ都内の小学生も夏休みが始まった。子供たちに聞いてみると、やはり夏休みにはおじいちゃんやおばあちゃんの家に行くというのが圧倒的に多い。
小学生の頃ってどんなことをしていたのだろうと、ふと考えてみた。
僕の故郷、北海道の小樽市は海と山に囲まれた町であり、自然の多い土地でもある。特に僕の住んでいた町は家を出れば、すぐに海がある。家の裏は山である。子供たちが冒険をするには夏休みでなくても、毎日が冒険の日々だった。
イメージとしてはPS2の『ぼくのなつやすみ2』の環境にものすごく似ている。
小学生の頃の夏休み・・・。
一番印象にあるのは、やっぱりラジオ体操だろうか。毎朝6時半からお寺の境内で始まるラジオ体操・・・。体操が楽しいわけではない。体操が終わった瞬間から、すでにその日の冒険を何にするか、みんなで決めることが楽しいのだ。
海で遊ぶ、山で遊ぶ、空き地で遊ぶ・・・これは日常茶飯事であったのだ。
【ハートがいっぱい】
ハートの形の葉っぱって、その辺にいっぱいあるんだろうけど、いつも葉っぱを眺めるなんてないね。こんな機会でもないかぎり・・・気にも留めないものだ。
僕は夏休みに家族旅行をしたという想い出がほとんどない。親が商売をやっていたこともあり、むしろ家から追い出されていたほうである(笑)。
祖父母は近所に住んでいたから、夏休みに祖父母の家に行くという特別なイベントはなかった(いつでも行けるという意味で)。
それでも滅多に会うことのない従兄弟の家にリュックサックを背負って子供だけでよく行かされたっけ。
札幌や函館などにも従兄弟たちは住んでいたが、一番お世話になったのは留萌(るもい)に住む従兄弟の家だった。
小樽から留萌まで、電車で4~5時間の旅だ。普段電車になど乗らないから、それだけでも充分冒険である。留萌には母親の姉夫婦が住んでいて、そこに滞在をする。
年上の従兄弟たちは、僕らを引っ張り回して(笑)遊んでくれる。もちろん、TVゲームなんてあるわけがないから、いつも海だとか、空き地で遊びを教えてくれるのだ。
子供の視線は大人とは違う。どんなこともすべてが遊びであり、冒険なのである。それらはすべて大きな実体験となり、興味につながる。
小さな頃の体験というのは、大人の感覚では計り知れないものがある。
み~んな、いろんな体験をして大人になっていくのだが、部屋に閉じこもってゲームばかりに興じている夏休みを体験してきた子供たちは、どうなってしまうと思う
2005年07月19日
湿度35%の夏
今日も暑い一日になりそうだって思いながら仕事に出かける。
しかし、帰りはヒヤッとした風が心地よく通りすぎる。歩いていると暑さも感じるのだが、風が心地よい。それもそのはず、職場の裏口にある湿度計・・・35%だって。
こんな爽やかな夏は最近あっただろうか。
横浜では集中豪雨だって・・・。
地球規模からいったら、ほとんど隣の街だというのに、こうも天気が違うんだから不思議だね。まだまだ梅雨明けといっても雲は多く、カラッと青空にはなっていないが、確実に西側から近づいている。
家を出て、駅までの途中で朝焼けを写してみた。まだまだ雲の多い一日だったが、まるで田舎の空のよう。カメラをもう少し左右に向ければ、ビルだらけの街なのだが、ちょっとアングルを変えるとそう見えないのだから不思議だね。
夏・・・今年の夏も忙しいだけで通り過ぎていくようにも思うのだが、やっぱり何かしたくなるよね。なかなか思うようには休日が取れないだろうから、遠出は無理かなって思うけど、何かをしてみたいとは思っている。
思っているんだけど、重い腰が上がってくれない。
いつからだろう・・・。
『休日=ぐったり家でゴロゴロ』するようになったのは・・・。
今年は何とか躍動的に動いてみたいのだが、夏を過ぎたときのブログを眺めて笑われないようにしてみようか。
しかし、帰りはヒヤッとした風が心地よく通りすぎる。歩いていると暑さも感じるのだが、風が心地よい。それもそのはず、職場の裏口にある湿度計・・・35%だって。
こんな爽やかな夏は最近あっただろうか。
横浜では集中豪雨だって・・・。
地球規模からいったら、ほとんど隣の街だというのに、こうも天気が違うんだから不思議だね。まだまだ梅雨明けといっても雲は多く、カラッと青空にはなっていないが、確実に西側から近づいている。
【朝焼け】
家を出て、駅までの途中で朝焼けを写してみた。まだまだ雲の多い一日だったが、まるで田舎の空のよう。カメラをもう少し左右に向ければ、ビルだらけの街なのだが、ちょっとアングルを変えるとそう見えないのだから不思議だね。
夏・・・今年の夏も忙しいだけで通り過ぎていくようにも思うのだが、やっぱり何かしたくなるよね。なかなか思うようには休日が取れないだろうから、遠出は無理かなって思うけど、何かをしてみたいとは思っている。
思っているんだけど、重い腰が上がってくれない。
いつからだろう・・・。
『休日=ぐったり家でゴロゴロ』するようになったのは・・・。
今年は何とか躍動的に動いてみたいのだが、夏を過ぎたときのブログを眺めて笑われないようにしてみようか。
2005年07月18日
2005年07月17日
こころのうた《東京19○×》
僕が初めて一人暮らしを始めたのは大学1年生の終わる19歳のときだった。
それまでの1年間は大学の男子寮で暮らしていた。
親としては東京という場所で一人暮らしをするなどというのはかなり心配していたから、4年間を寮で暮らすなら・・・と送り出してくれたのだが、すでに僕の中では怪我をしていて今後部活が続けられない体になっていることもあり、退部後、寮の規則に従って出ることを決心していた。
寮からは部活に入っていなくても、出ていく必要はないとも言われたが、自分だけ特別にそうしてもらうのは気が引けたし、周りは全国レベルの人たちが苦しむ中でやっているのを、この先見ているのはやはりつらいものもあった。
寮での生活は決して楽しいものではなかった。一般の寮とは違い、体育会系の寮というのは先輩、後輩の区別もしっかりしていたし、起床や門限・消灯なども厳しく制限されていた(このことについてはまた別の機会に書くことにして・・・)。
自炊をしたこともない僕にとっては一人での生活は冒険でもあったが、それ以上に多くの夢を叶えてくれる場所になるとも思っていた。
僕が寮を出るときに持っていた荷物は、教科書など以外に布団とカラーボックス、ラジカセ、カーテン、衣類だけである。
一人暮らしを始めるときに、僕は親との約束を破ったこともあり(寮を出たこと)、最初にかかるアパートの諸費用だけを出してもらうだけにし、家電製品などの購入費用は一切親の援助をしてもらわないことを断言した。
その上、寮生の時代に仕送りをしてもらっていた金額だけで、生活をしていこうと決心していた。いや、寮生の時代よりも1万円低くしてもらい、それを1年間貯めておいてもらい、毎年12月に12万円を上乗せした金額を送ってもらいたい、と申し出た。こういうところが意地っ張りなのか・・・もっと素直に甘えていればよかったのか・・・と、つくづく後悔する。
12月は冬。
どうしてもやりたかったスキー指導の資格を取ったりするのにも好都合だったからだ。
時間によっては少しだけ陽が差すことも多くなってきている。確実に少しずつ梅雨明けの気配が漂い始めてきた。
本当は世田谷キャンパスのそばにアパートを借りたかったのだが、交通の便が悪いことと都内はやはり高いということもあり、小田急線にある向ヶ丘遊園駅(川崎市)にアパートを借りた。
当時、大学は東京都世田谷区と神奈川県横浜市の2つにキャンパスが別れていて、週の半分はどちらかのキャンパスだったこともあり、その中間を取って決めた場所でもあった。
僕が初めてそのアパートに住んだ日・・・。
6畳の和室と3畳の台所、トイレが付いている2階の角部屋であった。窓は東と南にあるが、カーテンは1セットしかない。
「しばらくの間は雨戸で代用しよう。」
住んでみたものの電球だって最初は和室に裸電球がひとつだったし、トイレットペーパーさえない。
粋がって、
「平気、平気!」
と親に言ってみたものの、実際に暮らしてみたら不便この上ない。
悲しくなって涙が出てきたことを今でもよく憶えている。
テレビも冷蔵庫も洗濯機もガスレンジも・・・
テーブルもコタツもタンスも・・・
鍋も茶碗も皿もコップも・・・
なんにもない。
それが僕の最初の一人暮らしの生活だった。
そんなとき、僕は高校時代の仲間のことを思い浮かべ、あの頃よく聞いていた大好きな「風」のこの歌をラジカセで聞いていた。
東京で暮らす青年が誰でも一度はこんな環境にぶつかることがあるのではないかと思う。そして、僕は東京という場所は楽しい場所だけど寂しい場所だと訴えているこの歌詞を聴くたびに、若かった時代の孤独感に押しつぶされそうになった日々を乗り越えた自分を少しだけ褒めてやりたいと今更ながらに思う。
みんな平然とした顔で行き来しているが、本当はいっぱい伝えたいことってあるんじゃないだろうか。
苦しいって・・・。
悲しいって・・・。
寂しいって・・・。
一人の生活が始まったその日の夜、僕はこの歌を聴きながら、こらえきれずに声を押し殺して泣いた。
19歳の春である。
それまでの1年間は大学の男子寮で暮らしていた。
親としては東京という場所で一人暮らしをするなどというのはかなり心配していたから、4年間を寮で暮らすなら・・・と送り出してくれたのだが、すでに僕の中では怪我をしていて今後部活が続けられない体になっていることもあり、退部後、寮の規則に従って出ることを決心していた。
寮からは部活に入っていなくても、出ていく必要はないとも言われたが、自分だけ特別にそうしてもらうのは気が引けたし、周りは全国レベルの人たちが苦しむ中でやっているのを、この先見ているのはやはりつらいものもあった。
寮での生活は決して楽しいものではなかった。一般の寮とは違い、体育会系の寮というのは先輩、後輩の区別もしっかりしていたし、起床や門限・消灯なども厳しく制限されていた(このことについてはまた別の機会に書くことにして・・・)。
自炊をしたこともない僕にとっては一人での生活は冒険でもあったが、それ以上に多くの夢を叶えてくれる場所になるとも思っていた。
僕が寮を出るときに持っていた荷物は、教科書など以外に布団とカラーボックス、ラジカセ、カーテン、衣類だけである。
一人暮らしを始めるときに、僕は親との約束を破ったこともあり(寮を出たこと)、最初にかかるアパートの諸費用だけを出してもらうだけにし、家電製品などの購入費用は一切親の援助をしてもらわないことを断言した。
その上、寮生の時代に仕送りをしてもらっていた金額だけで、生活をしていこうと決心していた。いや、寮生の時代よりも1万円低くしてもらい、それを1年間貯めておいてもらい、毎年12月に12万円を上乗せした金額を送ってもらいたい、と申し出た。こういうところが意地っ張りなのか・・・もっと素直に甘えていればよかったのか・・・と、つくづく後悔する。
12月は冬。
どうしてもやりたかったスキー指導の資格を取ったりするのにも好都合だったからだ。
【木漏れ日の中に】
時間によっては少しだけ陽が差すことも多くなってきている。確実に少しずつ梅雨明けの気配が漂い始めてきた。
本当は世田谷キャンパスのそばにアパートを借りたかったのだが、交通の便が悪いことと都内はやはり高いということもあり、小田急線にある向ヶ丘遊園駅(川崎市)にアパートを借りた。
当時、大学は東京都世田谷区と神奈川県横浜市の2つにキャンパスが別れていて、週の半分はどちらかのキャンパスだったこともあり、その中間を取って決めた場所でもあった。
僕が初めてそのアパートに住んだ日・・・。
6畳の和室と3畳の台所、トイレが付いている2階の角部屋であった。窓は東と南にあるが、カーテンは1セットしかない。
「しばらくの間は雨戸で代用しよう。」
住んでみたものの電球だって最初は和室に裸電球がひとつだったし、トイレットペーパーさえない。
粋がって、
「平気、平気!」
と親に言ってみたものの、実際に暮らしてみたら不便この上ない。
悲しくなって涙が出てきたことを今でもよく憶えている。
テレビも冷蔵庫も洗濯機もガスレンジも・・・
テーブルもコタツもタンスも・・・
鍋も茶碗も皿もコップも・・・
なんにもない。
それが僕の最初の一人暮らしの生活だった。
そんなとき、僕は高校時代の仲間のことを思い浮かべ、あの頃よく聞いていた大好きな「風」のこの歌をラジカセで聞いていた。
雨に煙った都会の朝に
目覚めてそして一人です
いつもよりずっと
静かな朝に何をしよう
あの頃いつも東京は
僕の夢を破り
そしていつも
僕は東京へ
向かって歩いていた
ふと気づいたときに
慣れた振りして
コーヒー飲んでいたりする
知らない間に僕は
東京を通り過ぎていたりする
そんなとき東京はきっと
僕の肩を叩き
振り返りそしてすぐにでも
引き返すだろう
東京はとても寂しい街
そして愉快な街
今日も僕は生きようとしている
こんな大きな街で
誰にでもあるけれど
寂しがり屋な僕です
目覚めてそして一人です
いつもよりずっと
静かな朝に何をしよう
あの頃いつも東京は
僕の夢を破り
そしていつも
僕は東京へ
向かって歩いていた
ふと気づいたときに
慣れた振りして
コーヒー飲んでいたりする
知らない間に僕は
東京を通り過ぎていたりする
そんなとき東京はきっと
僕の肩を叩き
振り返りそしてすぐにでも
引き返すだろう
東京はとても寂しい街
そして愉快な街
今日も僕は生きようとしている
こんな大きな街で
誰にでもあるけれど
寂しがり屋な僕です
東京で暮らす青年が誰でも一度はこんな環境にぶつかることがあるのではないかと思う。そして、僕は東京という場所は楽しい場所だけど寂しい場所だと訴えているこの歌詞を聴くたびに、若かった時代の孤独感に押しつぶされそうになった日々を乗り越えた自分を少しだけ褒めてやりたいと今更ながらに思う。
みんな平然とした顔で行き来しているが、本当はいっぱい伝えたいことってあるんじゃないだろうか。
苦しいって・・・。
悲しいって・・・。
寂しいって・・・。
一人の生活が始まったその日の夜、僕はこの歌を聴きながら、こらえきれずに声を押し殺して泣いた。
19歳の春である。
2005年07月16日
こころのうた《プロローグ》
ずっと考えていた・・・。
いつからだっただろう。ずいぶん以前から・・・。
いいタイトルが浮かばなかったから、考えてばかりで先には進めなかった。そのうち書き始めるだろうって思いながらね。
最近・・・(まぁ、電車通勤をするようになってからだが)、通勤時間が長いということもあり、音楽を聴くようになった。車での通勤の時にももちろん聴いていたが、浅くしか聴いてなかった(聞き流していることが多かった)ように思う。
友人Yが有線を家に引いたこともあり、それを暇を見つけてはMDに録音してくれ、数枚ずつであるが、僕にくれるのだ。聴いていくうちに昔よく聴いた曲や励まされた曲にあたることがある。
また、聴いてみたいと思う歌のタイトルが浮かぶとそれを携帯のメールで送っておく。
するとそれを有線でリクエストして、録音しておいてくれるわけだ。もちろんそれ以外でも流れている曲をランダムに録音してくれるので、聴く側は結構楽しく聴かせてもらっている。
僕にも多くの想い出の歌があり、その曲に励まされたりしたものである。
想い出というのは、今でもその頃に流行っていた曲を聴くと自然と浮かんできたりもするものだ。それは童謡だったり、歌謡曲だったり、ポップスだったり、フォークやニューミュージックと分類された歌だったりね。
友人Yが何気なく、
「昔の歌って、歌詞の中にタイトルになっている言葉が入っているから、すぐわかるね。」
と言ったが、確かに今の歌はタイトルと歌詞が繋がっているとは限らない。
その上、メッセージが伝わってこないものが多く(ここが歳だと言われるのだろうが)、音や韻にこだわっているものが多いので、僕のような世代の人間には親しみづらいというのもある。確かに音がきれいだと思うし、歌も上手い人が多いけど、それとこれは別だよね。
まさか、本当にこの歳になって聴いてみると、目の前にその時代の自分が浮かんでくるとは思っていなかった。
夏が来れば夏が来たで、暑くて、
「早く秋が来ないかなぁ。」
ってわがままになる。それでも夏の良さは夏にならないとわからない。木々も空に向かって伸びているのだ。
今の若者たちが年老いて、昔を振り返ったときに思い浮かべる歌はどんな歌なのだろう。
心に残る美しい歌があればいいのだが・・・。
さて、それはきっと僕のような年代の人間が心配することもなく、それぞれの世代の人々が必ずその時代にあった想い出の曲を背負って生きていくことだろう。
僕もこのブログで少しずつではあるが、想い出の曲にまつわる話を書き綴っていきたいと思っている。
いつからだっただろう。ずいぶん以前から・・・。
いいタイトルが浮かばなかったから、考えてばかりで先には進めなかった。そのうち書き始めるだろうって思いながらね。
最近・・・(まぁ、電車通勤をするようになってからだが)、通勤時間が長いということもあり、音楽を聴くようになった。車での通勤の時にももちろん聴いていたが、浅くしか聴いてなかった(聞き流していることが多かった)ように思う。
友人Yが有線を家に引いたこともあり、それを暇を見つけてはMDに録音してくれ、数枚ずつであるが、僕にくれるのだ。聴いていくうちに昔よく聴いた曲や励まされた曲にあたることがある。
また、聴いてみたいと思う歌のタイトルが浮かぶとそれを携帯のメールで送っておく。
するとそれを有線でリクエストして、録音しておいてくれるわけだ。もちろんそれ以外でも流れている曲をランダムに録音してくれるので、聴く側は結構楽しく聴かせてもらっている。
僕にも多くの想い出の歌があり、その曲に励まされたりしたものである。
想い出というのは、今でもその頃に流行っていた曲を聴くと自然と浮かんできたりもするものだ。それは童謡だったり、歌謡曲だったり、ポップスだったり、フォークやニューミュージックと分類された歌だったりね。
友人Yが何気なく、
「昔の歌って、歌詞の中にタイトルになっている言葉が入っているから、すぐわかるね。」
と言ったが、確かに今の歌はタイトルと歌詞が繋がっているとは限らない。
その上、メッセージが伝わってこないものが多く(ここが歳だと言われるのだろうが)、音や韻にこだわっているものが多いので、僕のような世代の人間には親しみづらいというのもある。確かに音がきれいだと思うし、歌も上手い人が多いけど、それとこれは別だよね。
まさか、本当にこの歳になって聴いてみると、目の前にその時代の自分が浮かんでくるとは思っていなかった。
【夏、もうすぐ】
夏が来れば夏が来たで、暑くて、
「早く秋が来ないかなぁ。」
ってわがままになる。それでも夏の良さは夏にならないとわからない。木々も空に向かって伸びているのだ。
今の若者たちが年老いて、昔を振り返ったときに思い浮かべる歌はどんな歌なのだろう。
心に残る美しい歌があればいいのだが・・・。
さて、それはきっと僕のような年代の人間が心配することもなく、それぞれの世代の人々が必ずその時代にあった想い出の曲を背負って生きていくことだろう。
僕もこのブログで少しずつではあるが、想い出の曲にまつわる話を書き綴っていきたいと思っている。
2005年07月15日
本を読みたい
すっごい湿度・・・外に立っているだけで、シャツが汗でまとわりついてくる。
涼しい風が通っても、湿気だけが残っている。不快指数100%だな。
あ~、明日から世の中は3連休だったんだね。全然気づかなかった。一般的にサービス業をやっている人にとってはこういう連休は稼ぎ時だし、すべてがすべてではないだろうけれど、3連休も良し悪しだよ。
まぁ、こういうときは僕にとっては仕事をしていた方が気が楽なんだけどね。通勤的に・・・ね
最近はこんな空の日(↑)が多い。青空も少しは覗いているのだが、圧倒的に雲が多いわけ。きっともうすぐ、もうすぐ・・・真っ青な空になるんだろうなぁ(あくまでも希望として書いてみた)。
今日は仕事に行く前に本屋さんに寄ってみた。ん~、これといって読みたい本があるわけではないのだが、気になる本でもあれば買おうかなって思ってね。
でも、やっぱりない。
推理もの、恋愛もの、サスペンスもの、何がいいのだろう・・・。
最近はちょっと疲労もあり、本を読んでいるよりも少しでも目をつぶっていたい・・・などと思ってしまう。だけど、やっぱりおもしろい小説なんかがあれば、たまにはそういうのに没頭してみたいのね。
誰か~、お勧めの本、紹介してぇぇ。
あ、できれば、すっごい気楽に読める本がいいかな。
昔ね、長編小説を読むのが辛いときによく読んだのは、星新一のショートショート(ふるっ)。
たったの数ページで、どうしてこういう発想(結末っていうのかな)ができるのだろうって、いつも思いながらね。
そんな気楽な小説を読んでみたいんだよナァ。もちろん長編でもいいので、何かあったら教えてね~。
涼しい風が通っても、湿気だけが残っている。不快指数100%だな。
あ~、明日から世の中は3連休だったんだね。全然気づかなかった。一般的にサービス業をやっている人にとってはこういう連休は稼ぎ時だし、すべてがすべてではないだろうけれど、3連休も良し悪しだよ。
まぁ、こういうときは僕にとっては仕事をしていた方が気が楽なんだけどね。通勤的に・・・ね
【青空なんてまだまだ先だな】
最近はこんな空の日(↑)が多い。青空も少しは覗いているのだが、圧倒的に雲が多いわけ。きっともうすぐ、もうすぐ・・・真っ青な空になるんだろうなぁ(あくまでも希望として書いてみた)。
今日は仕事に行く前に本屋さんに寄ってみた。ん~、これといって読みたい本があるわけではないのだが、気になる本でもあれば買おうかなって思ってね。
でも、やっぱりない。
推理もの、恋愛もの、サスペンスもの、何がいいのだろう・・・。
最近はちょっと疲労もあり、本を読んでいるよりも少しでも目をつぶっていたい・・・などと思ってしまう。だけど、やっぱりおもしろい小説なんかがあれば、たまにはそういうのに没頭してみたいのね。
誰か~、お勧めの本、紹介してぇぇ。
あ、できれば、すっごい気楽に読める本がいいかな。
昔ね、長編小説を読むのが辛いときによく読んだのは、星新一のショートショート(ふるっ)。
たったの数ページで、どうしてこういう発想(結末っていうのかな)ができるのだろうって、いつも思いながらね。
そんな気楽な小説を読んでみたいんだよナァ。もちろん長編でもいいので、何かあったら教えてね~。
2005年07月14日
故郷の青い空
相変わらずの曇天。
最後に青空を見たのはいつだったっけ?と思うほど、見たことがない。こんなときはついつい故郷の北海道を思い出したりする。
僕の故郷は、海と山の狭間にあり、空が大きく広がっている。メインの通りは国道5号線だが、道路からは少し奥まっていて、交通量は少ない。
幼い頃は、家から歩いて1分もしないところに野原があり、そこでよく遊んだものだ。周りには数本のポプラが立ち並んでいて、春になると地面にはシロツメクサが群生している。空が広いんだよね~。
また、その先は海になっている。坂道を下って行くと岩浜があって、夏は子供たちだけでよく海に行ったものだ。
でも、ある程度の年齢になると、そんな田舎暮らしに嫌気をさし、気づかぬうちにそういう場所からは遠ざかっていった。
今、そんな幼かった頃のことを思い浮かべると、もう一度あの場所で遊んでみたいと思うものなのかもしれない。
澄みきった青空が恋しい。
このオブジェ、我が町の駅前にある小さな広場にあるんだけど、いつも誰かがいるのでなかなか写真を撮ることができなかった。お父さん犬がベンチに座りパイプをくわえ、子供の犬が地べたで遊んでいる。
子供の犬は何を探しているんだろう。
一見、熊にも見えるのだが、今度は前方から写してみることにしよう。
そういえば、来週なんだって・・・関東の梅雨明けは。
※なんかね、故郷の青い空を思い出したのは、LUKEさんのブログ「地球はAOかった」を眺めていたからなんだけど、素敵な写真がいっぱいなので、ぜひぜひ眺めてみてね。
最後に青空を見たのはいつだったっけ?と思うほど、見たことがない。こんなときはついつい故郷の北海道を思い出したりする。
僕の故郷は、海と山の狭間にあり、空が大きく広がっている。メインの通りは国道5号線だが、道路からは少し奥まっていて、交通量は少ない。
幼い頃は、家から歩いて1分もしないところに野原があり、そこでよく遊んだものだ。周りには数本のポプラが立ち並んでいて、春になると地面にはシロツメクサが群生している。空が広いんだよね~。
また、その先は海になっている。坂道を下って行くと岩浜があって、夏は子供たちだけでよく海に行ったものだ。
でも、ある程度の年齢になると、そんな田舎暮らしに嫌気をさし、気づかぬうちにそういう場所からは遠ざかっていった。
今、そんな幼かった頃のことを思い浮かべると、もう一度あの場所で遊んでみたいと思うものなのかもしれない。
澄みきった青空が恋しい。
【ね、ね、ね、いるよ、いるよ!】
このオブジェ、我が町の駅前にある小さな広場にあるんだけど、いつも誰かがいるのでなかなか写真を撮ることができなかった。お父さん犬がベンチに座りパイプをくわえ、子供の犬が地べたで遊んでいる。
子供の犬は何を探しているんだろう。
一見、熊にも見えるのだが、今度は前方から写してみることにしよう。
そういえば、来週なんだって・・・関東の梅雨明けは。
※なんかね、故郷の青い空を思い出したのは、LUKEさんのブログ「地球はAOかった」を眺めていたからなんだけど、素敵な写真がいっぱいなので、ぜひぜひ眺めてみてね。
2005年07月13日
冷え冷え~♪
最近は涼しい日が続いている。
今日も爽やか(といってもまだまだ雲の多い日だが)である。
この梅雨前線が去った後、猛暑が来るかと思うと、ぞっとする。
休日だったこと、明日が遅番(このパターンはめずらしい)であることで、久々に友人と飲む約束をしていた。最近はあまり飲むことがなく、一月に2~3度程度になっている。
付き合いが悪いね。
夕方5時に待ち合わせて、お客が混む前に店に入る。僕の住む町にも和○・魚○・笑○・養老の○などのごくごく一般的な大衆居酒屋がある。
あんまりうるさい場所は好きではないので、BOXになっている笑○に入ることにした。本当は暑ければビアガーデンとかでよかったんだけどね。
笑○のビールは見るからに冷え冷えとして、旨そうに見える。これを一気に飲む。
プファ~
久しぶりの地元での飲み会。最近は職場付近で何度か飲んだこともあるが、やはり歩いて帰れる場所がいい。
まぁ、すごい話題で盛り上がったわけではないが、楽しい時間でもあった。
僕はこういった居酒屋に来ても、必ずといっていいほど、これ(↓)をたのむ。
海外に行っても、どこでもサーモンは口にしたいものの一品なのである。
その後、カラオケに出かける。
根本的にカラオケって好きではない。歌うことが嫌いなのではなく、カラオケBOXって、誰も聞いてくれないでしょ。
自分の歌う曲を探すことでみんな血眼になっているわけで、あれって自己満足っていうか、僕にしてみたら、一人で行けばいいのに~って思ってしまう場所なんだよな。
特に年齢が離れているメンバーと行くときは気を使うね。今どきの歌ってわからないしね。だから好んで行かないのだが、今回のメンバーは比較的、同年代だったこともあり、まぁ、のんびりと楽しめたように思う。
いやぁ、おっさんだ(納得)
最近、もっとも付き合いの悪い僕でもあり、仲間には申し訳ないと思っている。古き良き時代に知り合った仲間をもう少し大切にしなければ・・・とも、ちょっと反省している。
今日も爽やか(といってもまだまだ雲の多い日だが)である。
この梅雨前線が去った後、猛暑が来るかと思うと、ぞっとする。
休日だったこと、明日が遅番(このパターンはめずらしい)であることで、久々に友人と飲む約束をしていた。最近はあまり飲むことがなく、一月に2~3度程度になっている。
付き合いが悪いね。
夕方5時に待ち合わせて、お客が混む前に店に入る。僕の住む町にも和○・魚○・笑○・養老の○などのごくごく一般的な大衆居酒屋がある。
あんまりうるさい場所は好きではないので、BOXになっている笑○に入ることにした。本当は暑ければビアガーデンとかでよかったんだけどね。
笑○のビールは見るからに冷え冷えとして、旨そうに見える。これを一気に飲む。
プファ~
【冷え冷え】
久しぶりの地元での飲み会。最近は職場付近で何度か飲んだこともあるが、やはり歩いて帰れる場所がいい。
まぁ、すごい話題で盛り上がったわけではないが、楽しい時間でもあった。
僕はこういった居酒屋に来ても、必ずといっていいほど、これ(↓)をたのむ。
【好物の一品】
海外に行っても、どこでもサーモンは口にしたいものの一品なのである。
その後、カラオケに出かける。
根本的にカラオケって好きではない。歌うことが嫌いなのではなく、カラオケBOXって、誰も聞いてくれないでしょ。
自分の歌う曲を探すことでみんな血眼になっているわけで、あれって自己満足っていうか、僕にしてみたら、一人で行けばいいのに~って思ってしまう場所なんだよな。
特に年齢が離れているメンバーと行くときは気を使うね。今どきの歌ってわからないしね。だから好んで行かないのだが、今回のメンバーは比較的、同年代だったこともあり、まぁ、のんびりと楽しめたように思う。
いやぁ、おっさんだ(納得)
最近、もっとも付き合いの悪い僕でもあり、仲間には申し訳ないと思っている。古き良き時代に知り合った仲間をもう少し大切にしなければ・・・とも、ちょっと反省している。
2005年07月12日
犯人は誰だ?
相変わらずの天気だ。
それにしても、今日は寒かったね。都内の最高気温は多分23℃ぐらいだったのでは・・・。普通なら23℃あれば心地よい天気なのだろうが、前日が30℃を超えていると、23℃は寒くさえ感じてしまうわけだ。
今日は過去最高記録・・・仕事が早く終わったので、コンピュータを切ってSECOM(してますかぁぁぁ)をかけて、着替えて帰ろうかと思った。
なぬ・・・ロビーの電光掲示板が点いているではないか・・・。
ううう・・・
で、コンピュータをもう一度立ち上げてみると、
え?
異常発生・・・。
って、なに?
しかも重度障害・・・←拍手じゃないでしょぉぉぉぉ~、
ざけんなぁぁぁ。誰だ~、最後にコンピュータを処理したのはぁぁぁ・・・(ボクです)
おかげで復旧作業をして、気づいたら最終電車に間に合うかどうか、のギリギリであったわけだ。Tちゃん、Kちゃん、ありがとね。遅くまで付き合ってくれて~
まぁ、こんなもんですよ~、人生なんて・・・。
もちろん、このブログ、日付こそ直しているが、当然翌日にカキコしています。
それにしても、今日は寒かったね。都内の最高気温は多分23℃ぐらいだったのでは・・・。普通なら23℃あれば心地よい天気なのだろうが、前日が30℃を超えていると、23℃は寒くさえ感じてしまうわけだ。
今日は過去最高記録・・・仕事が早く終わったので、コンピュータを切ってSECOM(してますかぁぁぁ)をかけて、着替えて帰ろうかと思った。
なぬ・・・ロビーの電光掲示板が点いているではないか・・・。
ううう・・・
で、コンピュータをもう一度立ち上げてみると、
え?
異常発生・・・。
って、なに?
しかも重度障害・・・←拍手じゃないでしょぉぉぉぉ~、
ざけんなぁぁぁ。誰だ~、最後にコンピュータを処理したのはぁぁぁ・・・(ボクです)
おかげで復旧作業をして、気づいたら最終電車に間に合うかどうか、のギリギリであったわけだ。Tちゃん、Kちゃん、ありがとね。遅くまで付き合ってくれて~
【花は元気!ボクは・・・?】
まぁ、こんなもんですよ~、人生なんて・・・。
もちろん、このブログ、日付こそ直しているが、当然翌日にカキコしています。