2008年07月

2008年07月21日

今日も怠慢ブログで!!

 睡眠不足のせいか、頭痛がする。

 7月最大の山場をナントカ乗り越えたが、今週もかなり忙しい。

 PCに向かっても、なかなか指が動かず、こんな気持ちで旅行記を書く気にもなれない。

 というわけで、今日も怠慢ブログで~

 体力回復次第、早めに続きを書く予定。







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at 23:39|PermalinkComments(0) 「生活」編 

2008年07月20日

仕事続きで今日は怠慢ブログ

 そういえば今月の休みは先週の月曜日だけ。

 次の休みは来週の月曜日までない。

 明日も朝早くから夜遅くまで仕事。

 というわけで、久しぶりに怠慢なブログでごめん(とほほほ)。







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2008年07月19日

思い

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思い

(パースの宝物2004年6月)







 僕はCのおばあちゃんにお礼を述べた後、門を出て、しばらく目の前の海辺で景色を目に焼き付けていた。

 実は彼には日本から連絡をしていたわけではない。

 手紙を出して、彼がいないとわかったらデナムはおろか、モンキーマイアにも足を運ばなかったに違いないからだ。

 10年前の約束は封印されてしまうと怯えていたのである。

 絶対にそこにいると信じてデナムに来たのである。

 しかし、はすでにデナムには住んでいなかった。

 再会はできずに終わってしまったが、彼が今どこに住んでいるのか、そして今でもあのときのことを忘れずにいてくれただけで、僕は心の中で彼と再会できたと思っている。

 きっと彼だってそう思っていると思う。

 僕はそれでも10年かけて、こうやって行動したことに誇りを持ち、自分自身に自慢してやりたい。

「必ずまた、君に会いに来るよ。」

と言った言葉は、単なる挨拶程度の軽い言葉ではなかったことをどうしても証明してやりたかったからである。

 自分の人生に何度もデナムを訪れることはない。

 いや、今回できっと最後だという気もする。

 夕陽に映えるデナムの町をずっと眺め、しっかりと目に焼きつけた。








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【デナムでの最後の写真】







 そしてその場から離れたくない思いを留め、モンキーマイアに向かって車を走らせることにした。

 この道を歩いた10年前、そしてあれから10年経った今、またこの道を見ながら何故か鼻の奥がツーンとする衝動を押さえられずにいた。

 会えなかったことが悔しくて涙が出たわけじゃないといえば嘘になる。

 それは本当に悔しいと思う。

 でも、今日までじっくりと暖めてきた自分の目標を振り返り、8年前にモンキーマイアまで来ていながら会う手段も考えずに帰ったことや、その後もパースに4回も来ているのに、連絡を取りそびれてしまっていたことへの後悔、一度も彼との約束を忘れたことはないが、実行に移せずにいた自分が悔しかったのである・・・。

 薄情モンの自分で終わらないために、どうしたら約束を守れるのか・・・。

 僕は幼い子供にとって汚い大人でいたくなかった。

 どうしてもそのままで終わりたくなかった。

 そして僕にとってはこの10年は長い長い年月だった。

 どうしても彼との夢を叶えてあげたかった。

 あのときの無口で弱々しかった少年に、いつでも君の見方だよって教えてあげたかった。

 そのためにも嘘はつきたくなかった。

 今、車で運転している道は10年前の8月に僕とC少年が励まし合いながら手を取り合って、歩いた道だ。

 乾いた汗を拭きながら、そして遠くの空を眺めながら、自分たちの足で歩いた道だ。

 ずっと気にかけてきたことも、一つの区切りをつけることができた。







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【モンキーマイアに向かって(愚作ですが)】







 西の空はすでに太陽が地平線近くまで沈みかけていて、何事もなかったかのように一日が終わりかけていく。

 モンキーマイアに到着したのは夕方6時近く、空は夕焼けで真っ赤になっていた。






ロケット ・・・ ロケット


2008年7月19日の日記

 この暑さ、只者ではない。

 日中は暑くてもまだ我慢ができる。

 しかし、夜もこの暑さだと、もう異常としか思えない。

 歩くだけで、いや立ち止まっているだけで汗がにじみ出てくるんだよ。

 これは気温よりも湿度の問題だな。

 日本全国、梅雨明け宣言。

 それにしても数日前からもう梅雨らしくない天気が続いていたわけで、今まで宣言できなかったのは過去の失敗からだろうなぁ。

 それにしても真っ青な青空で梅雨明け宣言ならいいけれど、まだ空だけは梅雨のように薄い雲が覆い被さっているわけだ。

 この連休は連記は良さそうだけど、その後、梅雨らしくなってしまったら予報士さんの立場が危ういよね。








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at 23:35|PermalinkComments(0) 「旅行(パース04年?)」編 

2008年07月18日

デナムでの・・・

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デナムでの・・・

(パースの宝物2004年6月)







 ハメリンプール(Hamelin Pool)を越え、シェルビーチ(Shell Beach)を過ぎ、デナムの町に到着したのは予定より少し遅い、4時45分ぐらいだった。

 これからC少年の家を探し出し、そこに行こうとしている。

 デナムに入るためのラウンドアバウトの手前で右にウインカーを出し、4分の3を時計回りに回り、スピードを落としながら左にウインカーを出して町の中に入る。

 車を止める場所を探しながら、ゆっくりと街の中を走る。

 道路の中央にある外灯が、まるで下を通る車を覗いているように見えたが、もちろん10年前にはこういったものもなかった。

 あのときのデナムの夜はほとんど暗い町だった。

 ぼくは、朝、最初に入ってきたもう一方のラウンドアバウトの交差点に近い場所に車を停めてエンジンを切った。

 この辺にC少年の家があるはずだ。

 車の中で横にある家を見ていて、その家の壁に貼ってある数字(番地)に気づき、自分の持っている住所録と同じだということに気づいた。

 胸が高鳴っていた。

「いなかったらどうしようか。」

「いても僕のことを忘れているのではないだろうか。」

「何と話しかけたらいいのだろう。」

 車のドアを開け、C少年の家とは反対方向に歩き出し、海辺に近い場所のベンチに座った。

 そのベンチからは彼の家が見える。

 迷っていた。

 行く勇気が出なくて、尻込みをしていたのである。

 日記帳とペンを取り出し、英文で文章を組み立ててみた。







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【デナムの海岸線】







 文章を書き終え、意を決してその家に向かうため、道路を渡った。

 家の廻りは塀になっていて、呼び鈴などがない。

 入り方がわからずうろうろしていたら、背後で腰の曲がったお婆さんに声をかけられた。

 きっと怪しい人間に見られたのだろう。

 この家の人に用事があって日本から来たことを伝えると、

「入り口はそこだよ。それを開けて中に入って声をかけてごらん。」

とジェスチャー混じりに教えてくれた。

 僕はそのお婆さんの言うとおりに門の鍵をはずし、中に入った。

 しかし人の気配がない。

 勇気を振り絞って、失礼しますと3~4回声をかけてみた。

 しばらくすると中からきれいな白髪をしたお婆さんが出てきた。

 緊張している僕は言葉が出てこない。大きく深呼吸をして、

「僕は日本から来たシバというものです(シバが一番通じやすいと思って出た言葉だ)。実は10年前に・・・。」

と昔のことを簡単に説明をしてみた。

 お婆さんもそのことを覚えていたらしく、話を理解してくれ、返ってきた返事は、

「今はここには住んでいないよ。」

の言葉だった。

 それまではお婆さんとは網戸越しでの会話で、開けてくれずにいたのだが、僕の思いがわかると、

「中に入りなさい。」

と網戸を開けてくれた。

 インフォメーションセンターで聞いた言葉は、

『今はお婆さんが独りで住んでいるよ。』

ということだったのだろう。

 僕は『今の時間はお婆さんが家にいるよ。』という意味に聞こえたのだ。

 中に入ると毛並みのそろったきれいな2匹の猫が僕を迎えてくれた。

 全部が全部伝わらないであろう僕の話をお婆さんは目を細めて聞いてくれ、ゆっくりとした口調で答えてくれた。

 C少年が最近ここに来たのは2ヶ月前だったこと。

 今、彼はバッセルトン(Busselton)に家族と一緒に住んでいることを丁寧な英語で教えてくれた。

 バッセルトンという街には8年前に車で一度、立ち寄ったことのある街だ。

 パースから南に約200km下ったところにある。

 今では日本でも宮崎駿の世界(千と千尋の神隠しのモデルの街)で有名になってしまった場所だが、僕の中では海のきれいな場所だったという記憶しか残っていない。







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【Cの家】






「電話をかけてみましょうね。」

 お婆さんはソファから立ち上がり、受話器を取ってダイヤルを回し始めた。

 僕は少々慌てていた。

 電話で話してもC少年が覚えているかどうか心配だったからである。

「Cはいるかい?」

「Cを電話に出しておくれ。」

そう聞き取れた。

「Cかい?今、日本からお前を訪ねて来ている人(お前の友達・・・と言っていた)がいるんだけどちょっと変わるよ。」

 僕は受話器を受け渡された。

 緊張していた。

 どもりながら、

「もしもし、シバだけど、僕のことを覚えてるかい?」

そう訪ねると、C少年は即座に、こう答えた。

「シバ?シバ?シバだね?もちろん覚えている。僕が小学生の時に一緒にモンキーマイアまで手をつないで歩いてくれた人でしょ?忘れてなんかいないよ。」

 しばらく沈黙が続く。

「10年経って、ようやくデナムに来れたよ。」

「うん、僕は今、バッセルトンに住んでいる。家族も一緒だよ。昔の写真、今でもかざってるよ。」

「会いにきたんだ、君と君の家族に・・・。」

 8年前にもモンキーマイアまで来て、デナムには来れなかったことも伝えた。

「会いたかった。君にも・・・君の家族にも・・・。」

 僕は話しながら、涙が溢れてきた。

「ぼくもだよ。」

「みんな、元気?今度はバッセルトンまで会いに行くよ。」

 そのときの僕は英語をどう使ったかよく覚えていない。

 自分ではそうやって言ってるつもりだが、緊張と感動で滅茶苦茶な英語を使っていたように思う。

「うん」

「じゃ、またね。元気でね。」

 お婆さんに受話器を渡して、メールアドレスC少年に伝えてほしいと言うと、快く僕のメールアドレスをスペルで読んで彼に伝えてくれた。

 ほんの一瞬の会話だった。

 でも僕には10年の重みのある瞬間でもあった。

 実は彼の家に立ち寄る前にベンチに座って書いた手紙は、彼宛の手紙で、会えなかったときのために、この10年の思いとアドレスを書き加えたものだった。

 そのページを破りお婆さんに渡し、優しそうな笑顔で首を縦に何度も振りながら僕の英文を読んで、

「今度Cが来たら、渡しておいてあげるわよ。」

と言ってくれた。

 この手紙が彼の手に届くのはもっとずっと先のことだろう。

 それでもいい。





汗 ・・・ 汗


2008年7月18日の日記

 ぐわ~。

 関東の夜は異常なほどの湿度。

 今日の午後に空が真っ黒な雲に覆われ、いよいよ豪雨か・・・雷雨か・・・と思いきや、それほど降らずに、むしろ熱くなっているアスファルトにお湿り程度の雨だったものだから、地面からじわ~っとした生暖かい空気が身体にまとわりつく始末。

 これは異常でしょ。

 これなら、むしろ豪雨のほうが良かったかも(そうじゃないから言えるのかもしれないが)。

 明日から世の中3連休だが、僕はかなり忙しい日々と予想される。

 体力だけはなんとか維持しなきゃ、ね。







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at 23:34|PermalinkComments(0) 「旅行(パース04年?)」編 

2008年07月17日

世界遺産に囲まれて

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世界遺産に囲まれて

(パースの宝物2004年6月)







 ビラボーンロードハウス(Billabong Roadhouse)の扉を開け、外に出た。

 雲一つない青空、照りつける眩しい太陽。

 後ろを振り向いて、もしかしたら2度とこの場所には来ることがないだろうという寂しい思いを抱きながら、車のエンジンをかけた。

 今回の旅行においては、自分に対してのお土産は写真を残すことだったので、何かの記念になるものなどはほとんど買うことがなかった。

 ついお土産屋さんに入るとあれもこれも欲しくなってしまう性格だから、できるだけ入らないようにもしていた。

 もちろんここでもそうだった。

 ビラボーンロードハウスの中に10年前の自分がいたことだけで、僕は本当に満足だった。

 ここからデナム(Denham)までは約180kmである。

 今2時半だから早くても4時半に到着という計算だ。僕は給油後、大きく深呼吸をして、ハンドルを握った。

 約50kmは北へ、そして残りは西に向かって走る。

 心なしか行き交う車の量も多いように思えた。もちろん、すれ違う車には掌を広げて挨拶だ。

 国道1号線(North West Coastal Hwy)の周囲の景色は背の低いブッシュが360℃見ることができるが、春以降になるとこの辺りにも美しいワイルドフラワーが咲き誇る。

 小さな黄色の花々を眺めていたのを思い出すが、今はほとんど花が咲いているのは見えない。







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【ここが分岐点】







 デナムに左折するところに立派なブロックの塀があった。

 しかも世界遺産と書かれている。

 まだ、真新しい。

 最近建てられたものだと思われる。

 10年前にこの道を通ったときにはこんな立派なブロック塀はなかった。

 こういうところも少しずつ変わりつつある。

 しかし、日本とは本当に違う。

 日本の看板などは自然に近い色ではなく、目立つように「赤」や「青」などの色を多く使い、それはまるで視覚として自然破壊をしているようにさえ思えてしまうものばかりが多い。

 それに比べて赤茶けた大地に、同系色を使うオーストラリアの感覚が好きなのである。

 それでも十分に目立っているのは、大きな青い空が背景になっているからであろう。

 僕は左折したすぐ先の路肩(空き地?)に車を止めて、記念に写真を撮ろうと数枚シャッターを押していた。







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【ここでも雲ひとつない青空】







 ちょうど数人の若者が反対側で同じように記念写真を撮っていたので、1枚写してもらいたいとお願いして写真を撮ってもらった。

 こんな立派なブロック塀に登ることも少しためらったが、ここは誰も見ていないということで塀によじ登って写真を一枚撮ってもらうことにした。

 雲一つない広々とした青空、赤い大地、これぞまさしくオーストラリア大陸である。

 といっても僕のいる場所はその中の「点」でしかないが・・・。

 ほとんど車も通らず、数人の若者のグループがここに立ち寄っただけで、他には全く誰ともあうことはなかった。

 参考までに、パースから北上してきたら、この塀を左折することになる。







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【エンブレム?】







 デナムまでここからまだ129km・・・急いで出発しないと日が暮れる。

 車はデナム・ハメリンロード(Debham-Hamelin Rd)を西へ走る。

 約120kmのスピードで走るのだが、ときどき他の車に追い越される。

 それにしても西陽がまともに当たるから運転がしづらい。

 標識などがあっても見逃してしまう。







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【世界遺産の地域で記念写真】







 そういえば10年前に友人Sとこの道を通ったとき、眠気覚ましに車の中でちょっとした遊びをしながら運転をした記憶がある。

 数は少ないのだが、こういった道路を走っていると、下水道のような切れ目のある箇所があり、そこを通ると、タイヤの音が「ガガッ」と鳴る。

 日本人ならそこはなんとなくスピードを落としたくなるのだが、別にそういった理由であるわけではないと思われる。

 そしてそこを通る一瞬だけ、座っている状態で両足を上げ、両手で車内の天井をたたくというだけのゲームなのである。

 本当に数は少ないから、それは忘れた頃にやってくる。

 居眠りしそうになって(もちろん助手席に座っている場合だが)、そのポーズを取らないと10ドルの罰金

 話に夢中になっていたりするとすぐに忘れて、また罰金・・・。

 運転している人は両手でなくても片手でもよい。いや、そのほうが安全だと思うから片手にする必要がある。

 そんな昔のことを考えながら、夕陽に向かって走って行く。






 ・・・ 


2008年月日の日記

 そ、そ、そういえば只今ブレイク中の世界のナベアツっているでしょ。

 彼が3の倍数ではバカになるというネタで受けまくっているのだが、実はあれ、モンキーマイアで1994年に友人Sから教えてもらったゲームなんだよ。

 ボトルズというゲームで、3の倍数と3のつく数字のところで、ボトルズと言わなければ負け。

 さらに複雑にして、7の倍数と7のつく数字ではカンズと言わなければいけない。

 そう、ボトルね。

 僕と友人Sの2人でやるときは、さらに日本語と英語を交互に言わなければならない。

『いち、Two、BOTTLES、よん、Five、BOTTLES、CANS、はち、BOTTLES、Ten』ってわけだね。

 懐かしかったよ、ナベアツさんの芸を見て・・・。






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at 23:33|PermalinkComments(0) 「旅行(パース04年?)」編 

2008年07月16日

感動のプレート

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感動のプレート

(パースの宝物2004年6月)







 1994年モンキーマイアの帰り道に、このロードハウスに立ち寄ったときに壁に貼ってあるプレートが気になり、当時そこで働いていた義足のおじいさんに尋ねてみると、そのカードは20ドルの寄付金を渡すと作ってくれるものだということがわかった。

 その寄付金とはこの地域の医療に使われるもので、主にフライングドクターの飛行機の燃料にされるのだという。

 広大な大地に住む人々は急病人が出ても、そばに病院があるわけではない。

 そのため医者が飛行機で飛んでくるわけだが、その燃料をこういった寄付金で補おうということで始まった制度らしい。

 僕と友人Sは相談し、お互い10ドルずつ出し合ってプレートを作ってもらうことにしたわけ。







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【あった!(っていうか、友人Sの名前がバレバレだな)】







 実はここに来る前に、

「もし、あの建物が改築されていたら・・・、いや取り壊されていたら・・・。」

と悪いことばかり考えていたから、本当に・・・、本当にこの目で見ることができてよかった、と何度も心の中でつぶやいていた。

 もちろん1994年には20ドルの寄付金を渡しただけで、プレートを見ることもなくその場所を去ったわけで、壁に飾られるのは10日後ぐらいだと言われた。

 つまり、それから目にすることはなかったというわけだ。

 こんなものを見るためにオーストラリアに来たのか、と思う人がいるかもしれないが、これは自分の人生の励みになったプレートでもあるのだ。

 これがあったから、またここに戻ってくることができたのだ。

 そしてここでも僕は10年前の自分になっているような気がした。

 ここで働いていた女性に、プレートの説明をして、その横で写真を一枚写してもらった。







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【ランチはこれ~】







 僕はこのロードハウスでランチにサンドウィッチを食べ、しばらく余韻に浸り、意を決してこの場を去ることにした。

 10年前の自分に僕は想い出を見せてもらえた。

「ありがとう・・・。」







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【ありがと~】







 さて、同じ道を再び戻ることになるのだが、車を運転していていくつかの気になったこと・・・もしオーストラリアで車を初運転することになったら参考にしてほしい。

 運転におけるルールは別として、基本的には・・・。

 ?夜の走行はカンガルーがライトに向かって激突することから危険とされているので、しないほうがよい。

 ?時速120kmぐらいで走っていると標識の数が日本のように多くないので、見逃してしまうことが多い。

  特に僕のように英語の苦手な人が運転しながら英語のスペルを読んでいるうちに、ようやく理解したときにはそこを通り越して、戻ることも数回あったので気をつけよう。

 ?交通量は大変少ないので、マイペースの運転で充分。

 今回のドライブは片道200kmだったが、信号はなし。

 ?道路の脇にタイヤがはみ出してしまうと、地面が軟らかいのでハンドルを取られるらしい。

  路肩に止める場合は十分に速度を落としてから脇にずれるようにしたほうがよい。

 ?ガソリンスタンドは多くはないので、遠方に行く場合は最低200kmを走るだけのガソリンが残っているか確認すること。(国道1号線を走る場合)

 ?たとえ交通量が少なくても追い越し禁止の区域では絶対に無理な追い越しをしないこと。

 日本のように曲がりくねった道はほとんどないが、緩やかなアップダウンは結構多く、120kmで走っていると対向車があっという間に現れるわけだ。

  必ず追い越しのできる場所はその先にあるから。





ペンギン ・・・ ペンギン


2008年7月16日の日記

 今日はちょっと頭痛気味。

 寝不足だったような状態(しっかり寝ていない)で頭痛なのか、まさか夏風邪ってわけではないと思うが。

 それにしても今日も日中は暑くて、昨日BLOGに書いたようにスポーツドリンクをハンドタオルに包んで街を歩くことにした。

 そのおかげでナントカ立っていられたが、世の人々は熱中症などで倒れた人も多いのではないかな。

 無理しない、無理しない。

 そういえば、JR新宿駅の中央改札口を出て、丸の内線に移動する途中(階段のあたり)、妙にいい匂いがするんだよなぁ。

 お腹がすいているときに、あそこの通路は歩きたくないもんだ。






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2008年07月15日

ビラボーンの宝物

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ビラボーンの宝物

(パースの宝物2004年6月)







 さて、僕にとっては初めてお目にかかるある物に再会する場所に向かうべく、車を東へ走らせることにした。

 ハメリンプール(Hamelin Pool)から6km戻り、左折して先に進む。

 距離としては約30km東に向かうと国道1号線(North West Coastal Hwy)にぶつかる。

 国道1号線に出ると、すぐ右手にオーバーランダー(Overlander)というロードハウス(ドライブイン)がある。







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【ロードハウス(ビラボーン)】







 少し疲れていたので、オーバーランダーで休憩しようかとも思ったが、あまり時間がないために、そのまま先に進むことにした。

 そこから約50kmパース依り(南方)に、僕の目的としているビラボーンロードハウス(Billabong Roadhouse)があるのだ。

 国道1号線は今まで通ってきた道よりもさらに道幅も広く、一直線にしか見えない道路だ。

 行けども行けども同じ風景しか見えない。

 ときどき車に激突したであろうカンガルーの死体が道端に転がっていて、中にはカラスなどが群がっているものもあった。

 まるで日本でいうとたまにお目にかかる猫と同じだが、カンガルーの死体のほうがはるかに多い。

 途中ですれ違うキャンピングカーや乗用車に右手を軽く挙げて挨拶をすることを説明したが、コンボイのようなロードトレイン(Road Train)と呼ばれる大型のトラックとすれ違うときには、もっと楽しい挨拶がある。

 窓を開け、右腕を出し、力こぶ力こぶを作るように肘を曲げ、上下に振るのだ(ポパイのように・・・だ)。

 気前のいいドライバーは汽笛をボワ~~~ンと鳴らしてくれる。







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【ここに僕の宝物がある】







 ビラボーンロードハウスに到着した時間はすでに2時に近かった。

 どこまで行っても青空が広がっている。

 車から降り、久しぶりにやってきたビラボーンで大きく深呼吸をする。

 とうとうここまでやってきた。

 1994年、僕はここにもひとつの宝物を置いてきたのである。

 いつか・・・いつの日か、その宝物を目にしてみたいとそのときに堅く誓っていたものなのだ。

 ガソリンスタンドの横にホテル・モーテル(Billabong Hotel-Motel)と記されたドライブインがあり、おそるおそるその中に入っていった。

 誰もいない。

 あの時と変わっていない、ちょっと薄暗い空間。

 何を見るよりもまず最初にを見渡した。

 ある。

 いっぱいある。

 あのときは壁の一部にしかなかったのに、ものすごい数になっている。

 僕がどうしても自分の目で見たかったもの・・・。







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【ロードハウスの壁】







 モンキーマイアからここロードハウスに来るまでの道のりを紹介しよう。

 ピンクのラインが行き、グリーンのラインが帰りの道のりである。

 まぁ、ほとんど同じではあるが、このMAPはデナムのインフォメーションセンターでもらったものである。







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【シャークベイ周辺MAP】







 時間があったらハメリンプールの先を右折せずに、まっすぐ行って別の半島を眺めてみたいって思った。








泳ぐ ・・・ 泳ぐ


2008年7月15日の日記

 うひゃ、今日もかなり暑かったね。

 昨日、夕立が凄かったので、いよいよ梅雨明けかって思ったんだけど、まだまだ梅雨前線がそれなりにあるようで、もう少し時間が必要な気がする。

 それにしても今では梅雨っていうのは6月の代名詞ではなくなりつつあるね。

 しっかり毎年のことながら、7月になっても青空が広がってくれないもの。

 それにしても暑すぎ。

 今日、この炎天下、区役所に寄ってから職場まで30分ほど歩いて移動したんだけど、周りの人たち、ペットボトルを持って歩いているんだよね。

 それがサラリーマンだったり、散歩中のおじいちゃんだったり、ベビーカーを押す若いお母さんだったり。

 やっぱり熱中症対策なんだなぁ、って思いながら、僕は小さなタオルで背中を拭くだけ。

 明日からペットボトルは必修かもしれないな。
 






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2008年07月14日

桁違いの歴史

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桁違いの歴史

(パースの宝物2004年6月)







 それにしても日差しが強い。

 車に戻って運転しようとハンドルを持っても暑くて握れず、エアコンをつけて冷やしたほどである。

 シェルビーチを出発し、次の目的はハメリンプールである。

 シェルビーチは今回2度目(1度目は1994年)だが、ハメリンプール初めてだったので、楽しみな場所でもあった。

 ハメリンプールシェルビーチから4~50km離れた場所にある。

 途中二股に分かれる道があるが基本的に直進していくと『ハメリンプール左折』の看板が出てくる。







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【ストロマトライト生息中】







 そこを曲がってさらに奥に6kmほど進むと行き止まりになり、駐車場がある。

 ハメリンプールは多少観光化されていて、中には広大なキャンプ場まであった。

 観光化といっても日本でいう、「海の家」があったり、「イカの姿焼き」が売っているわけではない。

 多少、人の手が加えられているとか、キャンプ場があるというニュアンスだ。

 キャンプ場から数百メートル先まで遊歩道になっていて、その道を歩いていくと海にたどり着く。

 ここに生息する一見普通の岩にしか見えない黒い物体が、実はすごいものだという。








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【ハメリンプール説明書き】







 まだ地球上に生物がいなかった時代に自ら酸素を出して、地球の生き物の源になったと言われているストロマトライト(Stromatelites)なのである。

 遊歩道から海辺に出ると桟橋があり、その桟橋の下にたくさんあるのだ(生息している?)。

 地球の誕生から今までの歴史の中で、すごい役割をしているということはわかるのだが、実感は沸かない。

 あたりまえのことだが・・・岩に海苔でもくっついているようにしか見えないのだ。







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【ここでも青空~♪】







 思った以上に感動はなかったのだが、今考えるとこの辺一帯の風景というのは単調でありながらも、地球単位のすごい年月で培われたものがいっぱいあり、地球って生きているんだなぁってあらためて感じさせるものが多いように思う。

 本当は、ね・・・都会のゴミゴミした環境なんかで生活するよりも、僕はこういうところで生活をするほうが似合っているんじゃないかって、思うんだよね。

 自分の人生の終着点に時間的ゆとり金銭的ゆとり、そして健康な身体が残っていたなら、やっぱり地球を感じる場所としてこの辺りでしばらくのんびり人生を振り返ってみたいな・・・。

 まぁ、この3つのうち、2番目が大きな問題だが・・・。

 なぜかそう思いながらハメリンプールをあとにした。






雷 ・・・ 雷


2008年7月14日の日記

 2週間振りの休日。

 今日という休みのためにこの2週間、ぎりぎりの状態で仕事をしていたような気がする。

 今日という日・・・特に意味はない。

 とにかく休みが取れない状態ってことで、しんどい。

 早朝、こむら返り(足が攣る状態)になりそうになって、目が覚める。

 疲労が溜まっているかどうかは、寝ているときにも現れるわけで、僕の場合は一目瞭然ってわけ。

 こむら返りなど筋肉が攣るのは、水分不足でもあり、疲労が溜まっている状態に起こるのだ。

 もちろん、この忙しい時期に取れた休日は温泉で身体を癒す。

 老体には一番である(っぷ、いつから老体になったのだろう・・・)。

 それにしても今日の関東も日中は暑く、露天にある大気浴というスペースで寝転がっているだけで、汗の玉がにじみ出てくるほど。

 スッポンポンで日焼けしてみたよ(がははは)。

 夕方からは雷雨。

 雷鳴が轟く空の下、大粒の雨に打たれながらの露天風呂もなかなかいいものである。

 いよいよ7月後半、もちろん明日から2週間、また休みなしの生活が始まる。

 我慢できるところまで頑張ってみようと思う。







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at 22:29|PermalinkComments(0) 「旅行(パース04年?)」編 

2008年07月13日

これも落書きかなぁ

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これも落書きかなぁ

(パースの宝物2004年6月)







 僕はこの世とは思えない(ちょっと大袈裟だが、本当にそう思う)すばらしい景色を眺め、シェルビーチへと進んだ。

 シェルビーチは走ってきた道路を左折してその先に駐車場があり、そこの先に広がっている。

 車から降りて、海の方に向かうと実際には僕以外に3人の人がいた。

 一人はさっき途中であったラウンド中の初老の男性、後の2人は男女のカップルでちょうど帰るところだった。

 僕はここに来る前から、そのシェルビーチの貝の砂を盛り上げてSHIBAと作り、写真を撮りたいと思っていた。

 所々にそういった形跡も見られたが、もっと大きなものを作りたかったので、砂を盛り上げていたら親切にもその男性が僕の写真を撮ってくれた。

 その男性とはそれっきり会うことはなかった。






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【想い出の記念写真】







 たしかシェルビーチと次に行くハメリンプール(hamelin Pool)は世界遺産になっていて、それ以降はその貝の砂を持ち出しするのは禁止だということを聞いたことがある。

 僕は今でも10数年前に持ってきた砂をグラスに入れて、部屋に飾ってあるのだ。

 またシェルビーチの長さは110km、海の奥行きが10km以上膝上ぐらいの深さで続いているといわれている。

 遠浅ってことだけど、桁が違う。

 以前ここに来たときに海に入ったのだが、沖に行けども行けども深さが変わらず、恐くなって戻ってきたことがある。

 多分あのときは浜辺から100mぐらい離れただけだった。







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【シェルビーチの砂をアップで】







 これが砂の正体である。

 こうやって見ると砂ではないのがよくわかるでしょ?

 この貝殻が110kmも続いているんだよ、110kmも。

 で、

 もう一枚。

 下手なりに心のこもった想い出の作品を。






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【シェルビーチの貝殻】







 まぁ、昨日のブログにアップした海岸線をそのまま生かして被写体を変えてみただけなんだけどね。

 ね、心がこもってるでしょ(苦笑)はてな






クラッカー ・・・ クラッカー


2008年月日の日記

 きつい。

 今日は帰り際売上金を持って帰ってきたので(大きな声では言えないけれど)、かばんが重い、重い。

 おかげで腰も痛いし、膝もガクガク。

 これって小銭が多いってこと?






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at 23:28|PermalinkComments(0) 「旅行(パース04年?)」編 

2008年07月12日

白い砂のシェルビーチ

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白い砂のシェルビーチ
(パースの宝物2004年6月)
 デナムから2~30km南下したところにシェルビーチ(Shell Beach)がある。  延々と続く直線道路を時速110kmのスピードで走る。ときどきすれ違う車以外は変化のない道だ(制限速度が110km)。  車とすれ違うときに暗黙のルールがあるのを、以前運転したときに聞いたことを思い出した。  ハンドルの上の部分を両手で握りながら運転していて、対向車とすれ違う瞬間に軽く右手の指を開く(立てる)というのだ。  わざわざ手を挙げる必要はなく、ハンドルを握ったままですれ違いざまにじゃんけんのパーをするだけでいいのだ。  よく見ると対向車も同じ事をしてくれる、いわゆる挨拶なのである。  ほとんどの車はそうしてくれる。  街の中でそんなことをしたら忙しくて仕方ないが、こういった道はすれ違う車も稀で、きっとあまりにも単調な道の運転の眠気覚ましのひとつと、挨拶を兼ねて「運転、気をつけよう。」の意味もあるのだろう。  フレンドリーなオーストラリアがここにも浮かび出されているように思う。  前方にシェルビーチ・ビュー・ポイントという看板があり、その先で車を止めた(写真上)。  まるで湖のように緩やかな曲線を描いる部分(白くなっている)がシェルビーチである。  この写真の右側に直線道路が見えるが、その道を走ればすぐそこにはシェルビーチに着くってわけだ。  僕の前にすでに一台のワンボックスカーが止まっていて60歳ぐらいの男性一人がそこにいた。  僕がそこで美しい景色をカメラで写していたら、 「どこから来たんだ?」 と声をかけられ、日本から来てドライブしているということを伝えた。  その人もオーストラリア大陸をひとりでラウンドしているとのこと。  彼のワンボックスカーの中はきれいとはいえないが、キャンプ使用に改造されているのがわかった。  そこから目と鼻の先にシェルビーチがある。彼は先に車を走らせて行ってしまった。  僕もこの雄大な景色をしばらく眺め、再び運転。  すぐそこにシェルビーチ・・・とはいえ、それは車での移動のこと。  ビューポイントからシェルビーチまで直進で2km、左折してから1kmほどあるんだから歩けば軽々と30分はかかってしまう。  シェルビーチに到着し、車を降りる。  まだこの時点ではオーストラリア大陸独特の赤い土だが、数メートル先には真っ白いシェルビーチが広がっている。  一歩ずつ海岸線に進む。  シェルビーチの貝殻は1cmにも満たないような小さな貝殻である。
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【シェルビーチ?】
 海岸線から写真を写して見る。  青い空白い砂、そして青い海・・・。  まるで天国のよう・・・(って、天国に行ったことがないのでよくわからないが)。  そしてこちらが180度振り返った海岸線。
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【シェルビーチ?】
 この2枚の写真を見て、何か感じた???  そうびっくりびっくり  人がいないんだよ。  こんなすごい景色の中に、観光客らしき人が写っていない。
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【愚作】
 雲ひとつない青い空・・・。  波の動きが止まって見える海・・・。  そして、白い砂と戯れる少年・・・(少年?)。  あはははは、少年かぁ~。  それが、愚作って言われる所以なんだよなぁ(ぼそっ)。   
炎 ・・・ 炎
2008年7月12日の日記  今日の関東はオーバーヒートの一日だったようだ。  ・・・だったようだ、というのも僕は朝から晩まで室内で仕事をしていたので、館内に流れるラヂオを聞いていて、“そんなに凄いのか。”って思った程度で・・・。  たしかに帰りも汗がにじみ出るぐらい、暑かったんだけど日中は地獄と化していたんだろうなぁ。  熱中症などには充分気をつけてほしいし、都内はすぐに光化学スモッグ注意報が発令するので、目の痛みなどにも気をつけなきゃね。  僕の仕事もオーバーヒート気味だが、明日一日頑張れば、かなり久しぶりの休日である。  夏は忙しいのは覚悟なんだけど、もう若くないので(苦笑)、マイペースでやるっきゃないな。  こんな暑い日は爽やかなシェルビーチの写真を見て癒されて~。
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