2008年06月26日
青空とブーゲンビリア
青空とブーゲンビリア
(パースの宝物2004年6月)
青い空にブーゲンビリア(写真上)。
南国の世界だね。
確かにモンキーマイアはパースに比べると約800kmも赤道に近い位置である。
この青空を誰かに分けてあげたい(何度も思う僕である)。
レストランでビールを飲み、次にすべきこととして、最初に寄ったレセプションでレンタカーの予約をしなければならなかった。
そのことがあり、上手に伝えなければならないというプレッシャーからビールを2杯も飲んでほろ酔い気分で行くことにしたのである。
なぜなら僕の英語はまさしくジャパニーズイングリッシュのお手本だからである。
ちょっと肝っ玉が小さい僕であるのだ。
【モンキーマイアの海は絵になるでしょ】
案の定、受付に出た女性は僕の発音ではなかなか理解してくれない。
その上、その女性が早口言葉で僕も理解ができていない・・・。
横にいた男性スタッフが変わってくれた。
男性はかなり親切にゆっくりとした口調で説明してくれ、ちょっと一安心。
指定の用紙に名前や住所などを書き、免許証を提示する。
「明日は何時間ぐらい使うのか?」
「距離はだいたい何kmぐらいか・・・?」
それによっても値段が違う。
僕は朝9時頃から夕方5時頃までで、距離としては400kmぐらいだと伝えた。
距離を伝えたら、クレイジーだという態度を取っているように見えた。
さらに、どこまで行くのかと訪ねられ、
「一番遠くは1号線を走る。」
と言うと、とりあえず納得をしてくれた。
きっと場所を言えば、相手はおおよそ何kmかを調べてくれるつもりだったのだろう。
【以前はこの建物はなかった】
レンタカー代金は100kmまででA$80、300kmまではA$200、それ以上は1kmにつきA$0.3だったように思う。
ガソリン代は満タン返しで、リゾート内にあるスタンドで入れて返却するシステムである。
また、国際免許は必要なかった。
今のオーストラリアはそういうシステムなのかどうかはわからないが、ここ、モンキーマイアでは持ってなくても、日本の免許証で借りられることがわかった。
なんとか手続きを取って、部屋に戻ることにした。
僕にとって英語で受付をするなんてビールが入っていなければできないことだった。
【ちょっとした博物館だね】
部屋に戻っても何もすることがなかったし、しばらくテラスの椅子に腰掛けてから、変化のあったリゾート内を歩いてみることにした。
もちろんさっき行ったレストランもバリアフリーになっていて(記憶違いかもしれないが・・・)、以前はミニショップ程度しかなかった場所にはそれ以外に床屋やネットカフェ(3台程度だが)、そしてダイビングショップ(スキューバかスキンかはわからない)も増設されていた。
もともとあったのかもしれないが、記憶が定かではない
・・・
2008年6月26日の日記
今日は涙が出るほど・・・、
忙しかったぁ(爆)。
眠かったし、足腰が立たないほど疲れたし・・・。一日を振り返っても何にも残ってない(疲れたことばかり)。
こんな仕事をしていたらダメだな、きっと。
もっとゆとりを持って。
精神的にも・・・だよ。
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│「旅行(パース04年?)」編