再びパース空港で久しぶりの・・・

2008年10月26日

パースに宝物を残して

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パースに宝物を残して

(パースの宝物2004年6月)







 空港の2階にあるカフェレストランでコーヒーを飲みながら、この旅行での楽しかった出来事やパースの街の最近の変化についてJさんと話をしていた。

 特にキングスパークから眺めたときに高層ビルの手前に横に長く伸びている建造物が出来ているのに気づき、それはまだ工事途中だったように思ったので聞いてみると、長さにして1km以上あるショッピングモールではないかということだった(実際にはコンベンションホールだったのだが)。

 また、パースも都市化が進み、いよいよ地下鉄も登場するということらしい。

 パース駅から出ている電車は全部で4本ある。







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【PERTHよ、さらば】







 過去の旅行も含めて、一番多く使った電車はフリーマントル線であるが、これはパースから南西に向かっている。

 ほぼスワン川と並行して走っているが、スワン川が見えることはほとんどない。

 この電車に乗れば、コテスロビーチレイトンビーチフリーマントル(終点)などに行くことができる。

 次に利用回数が多いのは北東に伸びるミッドランド線で、友人Sの住んでいるギルフォードやJさんの住んでいるミッドランド、ワインで走り回ったスワンバレーなどがある。

 他にも過去にほとんど使ったことのない北西に延びるカランバイン線南東に伸びるアーマデール線がある。

 しかし乗車回数こそ少ないが、乗って気づいたのは電車を利用する人が決して多くはないということである。

 若者たちは自転車を交通手段にしている人も多い。

 電車に自転車を乗せることのできるパースのシステムは日本の都会では考えられないことである。

 しかし、パースの人口も徐々に増えてくれば、他の路線も必要になるし、それが地下鉄へと発展していくのであろう。

 そして、もし8回目の渡豪があったとすれば、その時はまた新しいパースに出会えるのだろう。







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【機内食(夕食)】







 ボクは最後にもう一度、空港の外に出て、パースの空気をゆっくりと吸い込んだ。

 外灯が駐車場を照らしているだけで、遠くの景色は見えない。

 車の音や人のざわめきもほとんどないパースの空港周辺を360度見渡し、ありがとうと心の中で呟いた。

 Jさんの待っているカフェレストランに戻り、手荷物を持って出発ゲートに進んだ。

 この旅行中にお世話になったことを伝え、日本語で、

「ありがとう。」

と言うと、Jさんは、

「いえいえ。」

と日本語で言いながら、笑っていた。

 ボクは小さく手を振りながら、出発ゲートに入っていった。

 場内にアナウンスが響く。

 ロビーで座っていた成田行きのお客さんがいっせいに立ち上がる。

 ボクはそれでもまだ飛行機に乗らずに、ロビーの大きなガラス窓の脇に立ち、パースの暗くなった景色を目を懲らして眺めていた。

 少しでも長くパースの地に足をつけていたかったからだ。

 ほとんどの乗客が搭乗し、ボクは最後に飛行機に乗り込んだ。

 飛行機に乗り、席に座り大きく溜息をついた。

 今度はいつ、ここに来れるのだろう。

 先の見えない未来。

 もう2度と来れないかもしれないし、またチャンスが訪れるかもしれない。

 もし、10年後の未来にここに来れたとしたら、今回の出来事をどう感じながら空港に降り立つのだろう。

 とうとう、飛行機が加速しだした。

 まもなくすると飛行機の揺れが小さくなり、スーッと身体が宙に浮かぶのを感じた。

 窓から外を眺めるとまだ空港のライトが横に流れていく。

加速して、ふわっと宙に浮いた感触があり、ずっと窓に額をつけて外の景色を見ていた。

 あっという間に空港は視界から離れ、気づくとパースの道が下界に広がり、車が走っているのが見えた。

 街の外灯がオレンジ色に輝いている。

 機体が斜めになり、大きく旋回を始めるとパースの灯り全体が宝石のようにちりばめられ、胸が締めつけられる思いになった。

 そして、その灯りが遙か後方に見えなくなるまで、身体を乗り出しながら見つめ、僕はこの10日間の出来事を振り返っていた。

 どの場所も、どのシーンも僕にとっては忘れることのできないことで、本当にすばらしい想い出になったものばかりである。

 それ以上の言葉はやっぱり見つからない。

 全ての想い出がそのまま頭の中に残っている。

 今までこんな旅行をしたことがあるだろうか。

 わずか10日間の旅行であったが、とても内容の濃い旅行だったことは言うまでもない。

 本当に僕はこのパースが、この西オーストラリアが好きなんだということもあらためて感じたことだった。

 水平飛行になり、しばらくすると夕食が運ばれてきた。

 外は暗闇の世界だ。

 遅い機内食を口にしながらも、カメラで写したシーンをずっと覗いていた。

 今ここで目を閉じ、明日目が覚めたときには、まもなく日本に到着するのだ・・・と思っているうちに、僕は気だるさを感じ、浅い眠りについた。







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【機内食(朝食)】







 地球のほんの片隅で起きた新しい出会い再会別離などなどの出来事。

 笑ったり、驚いたり、感動したり、そして涙した瞬間のこと。

 目の前で起きたいろいろな出来事は自分だけの宝物であり、誇りでもある。

 この旅行でもらった数多くの想い出はきっといつまでも忘れることができないことだろう。







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【カンタス社の機体(成田にて)】







雲 ・・・ 雲


2008年10月26日の日記

 パースの宝物も今日でひとまず終了である。

 今年の4月17日から2004年のパース旅行記(7度目の渡豪)を整理し、書き始めたのだが、その間、約6ヶ月。

 途中で何度も挫折しそうにもなり、何度もフェードアウトしてしまおうかと考えていたが、なんとか辿り着くことができ、ほっとしている。

 2008年までに9回渡豪しているのだが、最も印象に残った旅行のひとつだということだけで、完結まで至ったのだと思う。

 もちろん、パースという街に馴染みのない方、オーストラリアは勿論だが、旅行全般に興味のない方には面白くも何ともない旅行記だっただろう。

 僕も多くの国を廻ってきたわけではないから、他国とは比べられないのだが、少なくてもこの国の、この街の人々の心の大らかさや生活に対する思い、自然に対する思い、目で見る感動は人生を大きく左右する影響を与えてくれた。

 だから少しでも多くの人にパースを知ってもらいたかったし、チャンスがあればパースに興味を持ってもらえる材料になったら、と思って書き綴ってみることにした。

 しかし、いつからか・・・、他人にパースのすばらしさを押し付けるのではなく、あくまでも自己満足でいいじゃないかって思い直したら、気軽に書き続けられるようになっていったのも事実である。

 いつまでも僕の心に残しておきたいために・・・。

 いつまでも忘れない思い出にするために・・・。

 それでいいじゃないか。

 2004年のパース旅行記パースの宝物はここで終わるが、2006年・2007年にも再びパースに行くチャンスがあった。

 もちろん、少し充電して2006年のパース旅行記もBLOGにアップしていこうと考えている。

 しばらくはまた、平凡な生活のBLOGになってしまうだろうが、挫折せずにのんびりと書いていきたいと思っているところだ。





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at 23:18│Comments(0) 「旅行(パース04年?)」編 

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