今日は泣いたよ表参道から

2008年11月26日

輪王寺とは・・・

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輪王寺とは・・・

(2008年11月17日日光・鬼怒川ドライブ編)






 輪王寺・・・パンフレットなどには輪王寺と書かれていても実際には輪王寺というお寺はない。

 明治の神仏分離以降でも本堂・大猷院・慈眼堂・常行堂・中禅寺・護摩天堂・四本龍寺等のお堂や本坊、さらに十五の支院を統合して出来ており、その全体を指して輪王寺と総称しているわけだ。

 さあさあ、みなさんここに集まって~♪

 はいはい、こちらをよ~く見て~♪







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【ツアー客もいっぱい】







 そして、後ろを振り向くと、本堂が・・・。

 その本堂が・・・これだ。







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【三仏堂の正面から】







 日光三社権現本地仏(千手観音・阿弥陀如来・馬頭観音)という三体の大仏さまと、東照三社権現本地仏(薬師如来・阿弥陀如来・釈迦如来)という掛仏の、2組の三尊仏がご本尊さまとしてお祀りされている。

 もちろん、中での撮影は禁止されているので、写すことはできない。







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【金剛桜】







 2日前のBLOGでも紹介したが、金剛桜は今から約120年前(明治14年)日光山の総本堂である大伽藍三仏堂が、明治政府の神仏分離令に従い、現在の二荒山神社より現在地への移築を余儀なくされる。

 彦坂諶厚(じんこう)大僧正は、三仏堂の新たな境内地にふさわしい景観を整えようと、隣接境内に生える山桜の大木を移植することにした。

 当時すでに推定樹齢400年といわれる老木の移植だったので、すぐに枯れてしまうのではないかと周囲の心配は大変なものだったという。

 そこで大僧正は毎日この樹の下に来てはお経を唱えたり、養生に努めることにした。

 その祈りと努力が天に通じ、新たに4本の幹が根元から生え出し、以前にも増して枝葉が繁茂するようになった。

 明治31年7月、大僧正は亡くなられ金剛心院大僧正諶厚大和尚という諡(おくりな・生前の偉業を讃えて付けられる名前)がつけられ、大僧正ゆかりのこの桜は、いつしか金剛桜と呼ばれるようになったという。







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【大護摩堂】







 大護摩堂の内陣には、ご本尊五大明王(ごだいみょうおう・平安中期作)を中心に、七福神十二天など30躰の仏さまや祖師像がお祀りされている日光山随一の護摩祈願所である。

 厄除けなどをしていただく方たちが多く並んでいたが、僕は中を軽く覗き、次へと足を向けることにした。

 本来だったらあまりいい年ではないようなので、そういったことをしてもらった方がいいのかもしれないが、今年も残すところあとわずか・・・。

 お参り程度にしておくことに・・・。

 ちょっとは勉強になったかな?








太陽 ・・・ 太陽


2008年11月26日の日記

 今日からしばらくの間は休みなしで仕事になる。

 帰り際に、ちょっとだけ新宿に用事があって、中央東口に出てみると、色鮮やかなブルーのイルミネーションが・・・。

 ここって以前から冬になるとイルミネーションで輝いていたの?

 去年もその前の年も東口に、しかも夜に出ることなんてなかったかびっくりした。

 しかも今日はデジカメを家に置いてきてしまったから写真を撮ることはなかったけれど、近いうちにチャレンジしようかな。

 明日は午前中に会議。

 しんどい一日になりそうなので、そろそろ寝るとしようかな。






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at 23:59│Comments(0) 「旅行(栃木)」編 

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