タイムマシン(第二章)タイムマシン(第四章)

2009年01月25日

タイムマシン(第三章)


タイムマシン(第三章)


 カメラに向かって笑顔を振り撒く、おじさんおばさん

 そして中央には小学校・中学校の恩師の年老いた顔・・・。

 僕は愕然となって、テーブルに写真を放り投げた。

 部屋着に着替えているときにも、さっき眺めた顔を思い浮かべ“アレは誰だろう?”と何度も心の中で問い掛けてみた。

 再びリビングルームに戻り、写真を眺めてみたのだが、どうしても心当たりのない顔が並んでいる。

 誰一人として知っている顔がない。

 今でもクラスメイトの名前はほとんど覚えているが、写真を見る限りでは顔と名前が一致しない。

 その写真と一緒にもう一枚、写っている人間の姿をかたどった絵に名前が書かれてある用紙があり、それと見比べていくことにした。

 もちろん女子は旧姓で。

 実はこんな僕でも成績はわりかしいい方で、小学生の頃は学年で1番か2番を争っていたし、中学に入ってからも1年生まではほぼ完璧だったように思う。

 ところが、中学1年生の2学期に転校してきたS郎が、瞬く間にクラスのトップに踊り出て、それが影響したわけではないが、僕の成績は下がる一方。

 僕にとってのS郎は脅威だった記憶がある。

 どんなに頑張っても、あいつはその後の中学生活で一度もトップの座をゆずったことはない。

 そのS郎が写っている。

 でも、面影なんて何一つない。

 S郎髪の毛も・・・ない

 松山千春のような頭だ。

 F麿H樹H明も・・・ほとんど髪の毛がない。

 っていうか、面影さえも・・・ない。

 みんなよく僕の家に来て、一緒に飯食ったり、泊まったりした奴らだった・・・はずなのに・・・。

 よくここまでおじさん面してられるよなぁ。

 女子なんて、まったくわからん。

 名前と見比べていても、誰だか思い出すのに時間がかかる。

 Y子・・・君もだ。

 昔のY子の輝いていた顔が・・・どうしても思い出せない。

 A子は髪の毛が真っ白だし、他の女子も白髪染めかな???

 当時仄かに恋心を描いていたC子も全く面影がない。

 みんな、どうかしちゃったんじゃないか・・・。

 何だか、見てはいけないものを見てしまったようで、心の整理ができていない。

 僕は震える手で何度も、何度も、写真と名前を見比べているうちに、自分だけが取り残されてしまったような気持ちになってきていた。







6388c644.jpg

【空を見上げて】







 僕の時代は同窓生が64名の2クラスというこじんまりとした時代。

 小学6年生の担任2名、中学3年生の担任2名・・・その4名の恩師も出席してくださっていた。

 もう立派なおじいちゃんおばあちゃんである。

 中学時代にバドミントン部に所属していた僕を指導してくださったK先生

 数学の教師で当時は多くの生徒には嫌われていたようだが、僕はその先生がいたからこそ、バドミントンでかなりの成績をあげることができ、大好きな先生のひとりであった。

 もともと僕は教職願望だったので、出会った教師を嫌うこともなく、いつも冷静に先生たちの行動を眺めていたように思う。

 こんな先生になりたいなぁという思いを持って見ていた目標の教師象のひとりでもあった。

 4人の恩師が未だに健在していてくれたことで、心が温まる思いがしている。



T先生・・・(小学5・6年の担任)

 写真を見る限り、昔とちっとも変わってなく、きれいなままのT先生

 かなりのお歳(失礼)でありながらも、お元気そうでなにより。

 まだまだ長生きして、僕ら・・・生徒を見守り続けてくださいね。

 T先生の家にはよく遊びに行ったなぁ~。



Y先生・・・(小学6年の隣のクラスの担任)

 あの頃はまだ独身で、色男だったので女生徒からもかなりモテモテだったY先生

 小学校を卒業してからもよく見かけることがあった。

 中学校に入学した当時、真新しい学生服を着ている僕たちは、Y先生を見かけると、なんとなく照れくさく挨拶もそこそこに足早に去ってしまった記憶が蘇える。

 スポーツマンでかっこよく、お兄さん的存在の先生も今じゃ、誰もが認めるじっちゃんの顔

 まだまだお若い(写真でしか判断してない)ですから、この先もお付き合い、よろしくお願いします。



S先生・・・(中学2・3年の担任・合唱部の顧問)

 実は一番心配していたのはS先生

 元気かなぁ死んじゃってないよなぁって何度も思ってました。

 S先生の実家はお寺で、中学時代には夏休みになるとよくクラスの仲間でお寺の境内を借りてキャンプしてましたよね~。

 それから中学の3年間は合唱部の顧問部員としてのお付き合い、しかも高校にまで僕のことをアピールしたばっかりに、高校の3年間も合唱部に入れさせられ、歌わされましたっけ。

 おかげで、今でも美声でいられます。

 もう少し頑張っていたら千の風になっては僕の持ち歌になっていたかもしれません。

 今度は必ず会いに行きます。

 それまではお元気で。



K先生(中学3年の隣のクラスの担任・バドミントン部の顧問)

 覚えてる?

 僕が全日本チャンピオンと戦ったこと?

 あっけなく負けたけどね

 K先生がいなかったら僕の人生は大きく変わっていただろうなぁ、って思うぐらい、最高の人生を与えてくれた人。

 中学時代にバドミントン部に入れてくれたのもK先生一緒にやらないかの一言。

 そのまま高校時代も、いつもK先生は僕の背中を押してくれていた。

 写真を見る限りでは先生も髪の毛、真っ白になってしまったね。

 でも、一番変わってない。

 誰よりも昔の顔のままだよ。

 会いたいなぁ・・・。

 会って、また頭を小突かれたいなぁ・・・。

 なんだか、涙が出てきそうだから・・・。

 昔を思い出している今、僕は15歳の少年の気持ちのまま。


 タイムマシンで、あのときに戻れたら・・・。


 このまま、BLOGアップしちゃっていいのかなぁ~。







[1年前の今日のブログを見る]

[2年前の今日のブログを見る]

[3年前の今日のブログを見る]

[4年前の今日のブログを見る]


at 23:50│Comments(0) 「青春」編 

コメントする

名前
URL
 
  絵文字
 
 
タイムマシン(第二章)タイムマシン(第四章)