2010年07月11日
第二章~故郷(其の二)
第二章~故郷(其の二)
(2010年6月北海道にて、いとこ会+プチ観光編)
故郷は海だけではない。
小樽という町は山坂の多い町で、街中に行っても平坦な場所はそう多くはない。
家々の多くは丘の上にも建っている。
僕の実家は家の裏が山になっている。
夏は海辺に、春や秋は山に遊びに出かけることも多かった。
山の中には山の幸がわんさかとあるからだ。
別に親から教わったわけではない。
春は山菜採り、秋は木の実採りに夢中になり、駆けずり回っていた。
山菜採りといっても子供だから、ふきのとうなど見てもわかるようなものしか採ったことがないが。
それでも雪解け水でキラキラ輝く残雪の隙間から覗く山菜を見つけたときの喜びはこの上ない。
また、秋になると山ブドウや山栗など、多くの木の実の宝庫でもあり、それを採るのも冒険の一つであった。
そういえばキノコなんかも採ってきたことがあるが、これはあまり親としては喜ばなかったような気がする。
もちろん、冬も格好の遊び場になってしまう。
まだ小学生ぐらいのときは、小学校の裏山にあるスキー場でスキーの授業などをやっていたが、遊びでやるには場所的に遠い。
子供っていうのはすごいもので、自分たちで雪を踏み固めてスキー場を作ってしまうわけで。
大人の手を借りなくても、遊び場はしっかり子供だけで確保するというのも知らぬうちに身につけていた。
子供というのは測りきれない可能性があるってわけだね。
まぁ、そんな話をしていたわけではないが、そろそろ残っていたいとこたちも帰路に着く時間となる。
懐かしい人たちと再び会えるのは一年後か。
すでに関東組の一人、M博は一足先に帰ったが、K三叔父とその二男のM志は札幌市に住むM人の家に一泊し、その翌日に帰省することになっている。
僕は、というと、自宅には泊らず(笑)、小樽市内のホテルに~。
僕としてはその日は実家に泊って行動した方が都合がよかったのだが、これも叔父や年上のいとこたちからの助言(?)で、勝手に決められたルートなのである。
すでに僕の部屋はしっかりと物置部屋になっていて(苦)、一人が寝るにはなんとかなるだろうが、Y志を泊めるとなるといろいろと動かさなければならないこともあったし、足腰の弱くなっている母親に動かれるのもこちらとしては気の使う所である。
夕方近くまで実家に残っていたが、とりあえず翌日のスケジュールを説明し、宿泊先のホテルに移動することにした。
2010年7月11日の日記
忙しい週末は相変わらず変わらない。
朝から雲の多い天気だったが、夕方からは雨。
夜は風も強くなって、帰宅も億劫に感じられるほどだった。
7月も中旬になろうとしているのに、荒れ模様の関東。
まぁ、これは選挙結果と一緒だろう。
日本の荒れ狂った政治がすぐに良くなるとは思わない。
口先だけの政治、口先だけの安全保障、口先だけの・・・。
消費税の問題、これはいつかそうなるだろう、いや、そうしなければならない時代が来るのだと思う。
消費税の問題ではなく、税金の使い道に問題があるのだ。
国民にとって納得できる使い道だったら、10%であろうが、12%であろうがいいのだ。
内容が曖昧・・・、僕のように難しいことはなかなか受け入れられないような人間にもわかりやすい説明をしてもらいたいものだ。
またしばらくはねじれ国会が続き、国民も迷走しそうである。