八天堂のクリームパン、再びK子との最後の飲み会(2)

2010年10月13日

K子との最後の飲み会(1)







 今頃、K子は飛行機の中。

 いよいよ彼女は異国の地で1年間を過ごすことになる。

 日本を経つ数十分前にメールが届いた(残念ながら僕は仕事中でメールを見たのは、すでに彼女は日本を離れた時間だと思われる)。

「日本を出発する最後にしばっちさんにメールを送ります。いろいろお世話になりました。ありがとうございます。元気で行ってまいります。」

との文面写真が・・・。






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 この写真を見たら、僕までちょっとドキドキしてしまい、あらためてK子の意志の強さを感じさせられた。



 先週の金曜日、10月8日は世田谷で仕事を終えてから、K子パース(オーストラリア)行きを祝って、再びお別れ会を・・・(いつも飲むときはお別れ会って言いながら誘う、笑)。

 とは言っても、本当のお別れ会は翌日の9日にあったのだが、僕は多忙のため欠席。

 ちょうど彼女の住まいが世田谷なのでタイミングもよく、千歳船橋駅(小田急線)のそばの居酒屋魚民で~♪






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【まずはかんぱぁ~い♪】



 K子の実家は茨城県。

 大学を卒業して以来、東京で一人暮らしをしている。

 僕が世田谷で勤務していた頃からの付き合いだから、かれこれ4~5年になる。

 今回、パース行きを決行した最大の理由は、僕のパース狂じみた会話を聞いているうちに行きたくなったとのこと(責任重大だ)。

 多分、彼女はもともとワーホリをしようとしていたのだろう。

 ただ、その目的地をどこにするのか、相当に悩んでいたようだ。

 ワーホリとは、最長1年間の期間ひとつの国に滞在できるビザ制度で、その間の滞在資金を補うために就労も認められる特別なルールなどがあり、異文化の中で交友関係を促進することなどを目的にしている制度である。

 年齢にも制限があり、18歳から30歳まで。

 だから、僕のようなおぢさんには当てはまらない(これが悔しいね)。

 またどこの国でもワーホリができるわけではない。

 ワーホリ制度が始まって、一番古くは1980年開始のオーストラリア(かな?)

 それからニュージーランド・カナダ・韓国・フランス・ドイツ・イギリス・アイルランド・デンマーク・台湾と協定を結び、最近では香港(2010年)もワーホリができるようになった。

 英語が苦手な人でも一年間その環境に入ると、結構ぺらぺら話せるようになるんだから本当に羨ましい。

 もちろん努力も必要だけどね。






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【オーストラリアに行ったら食べられなくなるよ、と勧めて】



 僕自身、ワーホリの経験はないのだが、パースへは9回の渡豪で多くの経験も積んできたつもりでいる。

 日本とのギャップも感じたし、語学力のなさにも痛感した。

 ただ救われたのは、日本で一緒に仕事をしてきたオージーがいてくれたこと。

 しかも彼らは一年間の滞在で(会社との契約)そこそこ日本語も上手になっていたし、僕の下手な発音を理解してくれていたから、言葉の不自由さはあまり感じていなかった。

 それでも恐ろしいことに、

「お前は充分英語力があるんだから、ここからは一人で楽しんで来て。」

と僕を街中に残していなくなることもあった(笑)。

 実際、ひとりでショッピングもしたが、あの頃はドキドキモンだった。

 これは友人Sとの話だが、彼は結局日本に5年滞在していて、ほとんど一緒の部署にいたこともあり、悪い日本語もいっぱい覚えたし、僕自身も悪い英語を教わった(笑)。






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【馬肉のユッケ~♪】



 K子はオーストラリアのパースを選び、ワーホリ協会の紹介で、最初のホームステイ先の連絡を待っていた。

 結構ギリギリまでホームステイ先が決まらなかったようだが、とりあえず決まったのが、パースから北に14~5kmほど行ったところにあるダンクレイグ(DUNCRAIG)という町だ。

 パース駅を中心として電車は4つの路線に別れているのだが、僕がよく使った路線はミッドランド線フリーマントル線

 ミッドランド線は当時一番仲の良かった友人Sがその方面に住んでいたこと、そしてフリーマントル線はよく観光に出かけていたからであり、それ以外の2線はほとんど使ったことがなかった。



 そのため、K子の住むであろうダンクレイグという町はその沿線ではないために情報などほとんどなく、僕にとって皆無に等しいものと思われていた。

 この話は数日前のブログにも書いたが、それに対していくつかのコメントを頂いている。

 そして、そのコメントを読んでいるうちに・・・、

「あれれ?」






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【お刺身の盛り合わせ~♪】



 一度も行ったことがない・・・なんてことはないぞ。

 僕が思いだしたのは今から16年前、初めてパースに行った1994年

 そのときはほとんど友人Sに連れられての車で移動だったので、右も左も、南も北もわからないままで終わってしまったのだが。

 ダンクレイグから西に約2km移動するとソレントビーチというインド洋に面した海岸があり、そこにある水族館・・・、



 うん、行った、行った~、行ったことがある~。



 この情報は関西に在住のYokoさんのコメントに書かれてあったもの。

 水族館の情報がなければ僕はすっかり忘れていたわけで、そこから思いだした幾つかの出来事。

 K子がホームステイするダンクレイグという町の情報はすぐにメールで教えてあげることにした(飲み会の時点では僕もわかってなかったので)。



 このブログをアップする時間にはすでに彼女も日本を離れ、機内の中にいる。

 そして、明日の早朝にはパース空港に降り立ち、春の香り漂う空気をいっぱい吸っているに違いない。






shibacchi0821 at 23:59│Comments(2)TrackBack(0) 「仲間」編 | 「食物」編

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この記事へのコメント

1. Posted by Yoko   2010年10月14日 13:33
ごきげんよう
K子さん無事出発されたんですね!今頃まだ咲いているカラフルなワイルドフラワーが観れるパースなんですね、羨ましい!
思い出しました、私も1977年(昔!)一人で1年の留学のためパースに飛んだ日の事を。当時は直行便等無く、キャセイで東南アジアの国々を乗り継ぎ乗り継ぎ不安の中飛びました。その5年前、高校生の冬休みの団体旅行した時はそれこそしばっちさん同様,右も左も分からず,ただただホストファミリーに連れて行かれただけでどこに行ったか定かではありません(悲)初めての外国ってそんなもんでしょうね。
K子さんがおられるサバーブは今は開かれた静かな住宅街です。昔はただのブッシュで丁度友達が結婚して家を建てるので一緒にその土地を見に行ったのを覚えています。今をもっともっと北へ開発が伸びていると思います。私の話は何時も古くて済みません。でもしばっちさんの忘れておられたパースの思い出を蘇らせるお手伝いが出来てよかったです!
2. Posted by しばっち→Yokoさん   2010年10月15日 01:59
 どもども~。

 K子、多分無事に出発したことと思います(笑)。
 この時期のパースは僕にとっては未経験の季節で、ワイルドフラワーが咲き乱れる風景をいつも憧れています。
 次回、もし旅行をするならば、この時期を狙っているのですが、やはり仕事柄無理かもしれません。
 それでも夢見ているのですから…笑わずにはいられません(老後の楽しみかも)。

 Yokoさんのコメントがなければ僕もすっかり忘れていた出来事…。
 水族館にしろ、ファームでの体験にしろ…写真もほとんどないもので…。
 これから起きる楽しい出来事…結構期待してるんですけど、どうなることやら(笑)。
 まぁ、期待するよりも期待しないで情報を待ちたいと思います。

 ではでは~。

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