運河倉庫で夕食をちょっと一休み

2011年02月26日

多田武彦の楽曲に出会う(回想)







多田武彦の楽曲に出会う(回想)

(2011年2月7日~9日 冬の北海道、写真で綴る一人旅)



 従姉のR子ちゃんと別れ、ほろ酔い気分でさらに冷え込んだ空気の中をサクサクと歩きながら、レンガ沿いの風景を眺める。

 風も吹いてはいたが、この寒さが何故かちょっと心地よい。

 心地よいというのはちょっと語弊があるかもしれない。

 もしこの地に住んでいたら、きっと家の外に出る気にはなれないだろう。



 もちろんこの寒さを覚悟して帰省してきたのだから、その寒さまでも味方にするしかないのだ(笑)。

 そして今回の目的の2つ目・・・(ひとつは母の生活を確認すること)。

 それが雪あかりの路というお祭りを体験すること。



 雪あかりの路・・・。

 実はこのお祭りのタイトルを初めて目にしたのは数年前のこと。

 多分ブログを書き始める前には知らなかったことだから、少なくても6年以上前には僕の中には情報が入ってなかったってことだ。

 そして初めて目にしたのは小樽に住むある方のブログを読んだときで、その写真に引き込まれてしまったのは言うまでもない。

 また、そのときに別の意味で背筋がゾクッと来たのも忘れてはいない。



 雪あかりの路・・・。

 これは伊藤整作詞多田武彦作曲男性合唱曲(組曲)のタイトルでもある。



 話ははるか遠い昔の話にさかのぼる。






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【雪に浮かぶガラス玉】






 実は今はこんな僕だが(どんな???笑)、小学3年生で合唱団に入団させられ、それ以来長期にわたって合唱というものに携わってきた。

 合唱団に入団したのは自分の意志ではなく、当時の担任から強制的に入れさせられたように思う。

 本来なら小学4年生からの入団なのだが、何故か僕だけ3年生での入団。

 もともと音楽は得意だったし、歌うことも好きだった。

 そして中学に入ってからも部活は掛け持ちで合唱部にも籍を置いていて、3年間を過ごしてきた。

 もちろん中学時代のメインの部活はバドミントン部

 今でこそ、多くの実力者が世界で活躍しているが、当時はどちらかというとマイナーなスポーツだった。

 さらに高校へはバドミントンをやりたいという目的だけで、当時バドミントンでは上位校にいた高校に入学をしたのだが、その高校は合唱でも有名で(過去にNHKコンクールでも全国優勝を数回している)、僕の知らないところで入部が進められていた。

 それは中学の顧問が高校の顧問に連絡を取り、僕を合唱部に誘ってほしいという内容のものだった(これは後で知る)。

 入学したときにはすでにバドミントン部に籍を置いていたので、それ(合唱部の入部)については断り続けていたのだが、強い熱意に押され、二足のわらじを履く目に






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【小樽運河では温かい飲み物が売ってる】






 記憶に間違いがなければ高校一年のときに早稲田大学グリークラブの公演を見に行ったときのこと。

 そのときに出会ったのが多田武彦の作品

 その公演で聞いた曲はアカシアの径(みち)という曲だったが、それ以来多田武彦の作品を調べ、多くの楽曲と出会った。

 遠い昔のことだから定かではないが、この楽曲は多田武彦が早稲田大学グリークラブのために作ったというようなことを聞いたことがある。

 そのときにこの曲を歌いたいために早稲田大学受験を考えた時期もあったが、それは実力(学力ってやつか)の伴わない僕には叶わない夢だったのだが。

 さらに多くの作品を調べていくうちに男性合唱曲と共に雪あかりの路という曲に魅せられていた僕らは、高校2年のときにを、高校3年のときに雪あかりの路を発表することになったのである。

 どちらにしても高校生が歌うにはちょっと難しい曲だったのは確かである。



 その歌がユーチューブにあったのでもしご興味があったらぜひ聞いてもらいたい。












 こんな歌を歌っていたのだ(今では想像できない・・・かも)。

 そしてこのタイトルをそのまま使った小樽の冬のお祭りが今から13年前に開催されたわけだが、もしかしたらそれを担当したのはこの楽曲に携わった人間だったのかもしれない。

 僕はこのお祭りの趣旨よりも、そのタイトルに引き込まれていったわけで、お祭りのタイトルを目にして以来、この数年は高校時代に歩んできた多くの出来事が頭の中に浮かんでは消えていく日々が続いていた。






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【観光案内人?】






 懐かしい楽曲

 当時、スポーツに明け暮れていた僕も、いつの間にかその組曲に引き込まれ、どちらも100%以上の力を注ぎこんで生きてきた時代があった。

 もし自分の人生で最も一所懸命生きてきた時代はいつか?と尋ねられたら一番ではないかもしれないが高校時代を外すことはできないと思う。

 それぐらい真剣に取り組んでいた気もする。







shibacchi0821 at 23:50│Comments(0)TrackBack(0) 「旅行(北海道11年02月)」編 

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